コチラの平和は? − 成金国家の暗部
投稿者: letgonip2009 投稿日時: 2011/10/05 09:48 投稿番号: [151 / 153]
ポロポロと事実が出て来ています。
ウィキリークス情報より;
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この女性の息子は天安門事件当時、第38軍の兵士でした。
1989年6月4日、息子は他の兵士とともに、天安門広場で空に向かって警戒射撃をする予定でした。
その後、100人の兵士が学生によって殺されたようだとのうわさを聞きます。
部隊が人数を確認したところ、確かに100人余り足りませんでした。
これに怒った兵士たちは、上司から発砲命令を受けると、機関銃で群集に向かい無差別発砲しました。
この発砲だけで、千人余りの庶民が死亡。しかも、遺体は兵士によってガソリンを撒かれて焼かれた後、ヘリコプターで運ばれました。
実は、殺されたといわれていた兵士100人は全員、部隊にいました。
だまされたとはいえ、丸腰の市民に発砲したこの兵士は、自責の念に苦しみました。
天安門事件で、両足を戦車にひかれて切断した方政さんは、兵士が突然凶暴になり、学生を戦車でひき殺したのはなぜかと、長年ずっと自問してきたそうです。
天安門事件の被害者
方政さん:
「兵士の告白から分かるように普通の兵士にも良心があったはずです。人民から愛されてきた兵士たちです。ではなぜ 庶民に無情に発砲したのか、二つの要素があるでしょう。まずは絶対的な命令を受けたため。もう一つが共産党内部 軍隊内部で、誰かがあるいはあることによって、兵士に庶民や学生への憎しみを植え付けたのでしょう」
まず憎しみを作り出してから虐殺を行うのは共産党の常套手段だと方政さんは指摘。
当時、兵士が“暴徒”に殺された事件も、その一つではないかと述べます。
天安門事件の被害者
方政さん:
「いわゆる兵士を虐殺した。“暴徒”ですが、もしかしたら潜り込んだ私服警官や党のスパイかもしれません。たとえばエジプトの事件では多くの私服警官が捕まりました。警官は衝突を起こして、弾圧の口実を作っていたのです」
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歴史の暗部が多過ぎる!
噂・デマ・扇動・謀略で多くに人民が妄動した国家。
全ての根源は「情報不足」、情報を開放せよ、自由報道を認めよ。
でなければ、いつまでたっても下品・野蛮な成金国家だ。
これは メッセージ 149 (letgonip2009 さん)への返信です.
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