河野洋平
投稿者: japanesekongousan 投稿日時: 2012/06/06 01:57 投稿番号: [1191 / 1596]
●1993年
河野談話
●1995年にバンコクで行われた東南アジア諸国連合外相会議に出席の途上、台風の影響で乗っていた飛行機が台湾に緊急着陸した際には、その搭乗機から一歩も降りず、緊急着陸で世話になった台湾当局には給油の謝辞さへも伝えずにそのまま離陸し、そして、バンコクでは銭其環中国外相に対して「台北空港で私は一歩も外に出ませんでした」と説明。
●外務大臣として北朝鮮への50万トンのコメ支援を決定。
●2001年、台湾の李登輝訪日問題での対応。中華人民共和国からの強い抗議をうけて、自らの外務大臣辞任をほのめかしてまで入国ビザ発行に反対。
●2006年8月15日、全国戦没者追悼式の衆議院議長追悼の辞で「戦争を主導した当時の指導者たちの責任をあいまいにしてはならない」と異例の戦争責任論に言及。
2007年8月15日、全国戦没者追悼式の衆議院議長追悼の辞においては、「日本軍の一部による非人道的な行為によって人権を侵害され、心身に深い傷を負い、今もなお苦しんでおられる方々に、心からなる謝罪とお見舞いの気持ちを申し上げたいと思います 」と述べる。
この一例でも分る通り、河野洋平が中、韓、朝に対して取ってきた言動が、今日、日本の外交に大きな悪影響を与えていることは明白です。
河野洋平が外務官僚に操作されていたのか定かではないが、外務省も「歴史問題Q&A」というページで更に追い打ちをかけるような見解を示しています。予算を増やし、私腹を肥やす為の事と思われるが、看過できない見解です。
(外務省ホームページ
http://www.mofa.go.jp/mofaj/index.html)以下のサイトは「湘南から未来の総理を!」と大風呂敷を広げている、河野洋平の息子
河野太郎の公式サイトです。
祖父や親の七光りで政治家になったのだから、親の犯した数々の過ちは息子である河野太郎に償って貰いましょう。
http://www.taro.org/
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