日本人の死の町・韓国紙「日本沈没考
投稿者: fullwexdic 投稿日時: 2011/12/30 17:13 投稿番号: [517 / 2026]
前提条件無しに
客観的印象を正直に書いたり言ったりすれば
『死の町』
になり
『沈没』に受けとった人がいても不思議ではない。
こんな表現にイチャモンつける日本人がいれ。逆に人間の観察眼、正直な表現を妨害していることになり、
まさに表現自由を脅かしていることになる、
たとえば詩人や画家が直感的印象を詩文や絵画に表現する自由をさえ奪うことになる。
冷静な視線で視ればこれらの言葉は貴重な真実の証言でもある。
起こった事象直後の印象を述べたり、書いたりした後で、
人間なら・・・死の町だからどうする。
沈没状態だからこうするという
思いが湧いてくるものなのである。
この『思い』というモノこそ、事象直後の大事な人間の受けた印象なはずである。
従って決して視界で確認する前に、「思い」は生まれないものだ。
死の町を非難
沈没を非難した人も、元はと言えば自身がそれを、見留めてめていて、
人前で、あるいは他人の前で繕ってそれを押さえた、いわば気取り屋の体のいいオベンチャラ屋のコトバなのである。
実感を大事にしない言論表現の自由など絵空ごとだ。真実の印象を述べて悪いことはない。
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