Re: 将来、日本も共産化するはず
投稿者: t387145lstan 投稿日時: 2010/10/11 23:09 投稿番号: [1044 / 2198]
どうやら「種の保存」と繁栄のためには、個体を犠牲にする事があり、それが自然の摂理である。「自由主義」はその自然の摂理に反している。翻って「共産主義」は全体の繁栄のためには個体を犠牲にすることもあり、その例証として、今の中国共産党が指導する中国の「世界的にも類を見ない経済発展と政治的勝利」がある、と言いたいらしい。
Wasabiはメスカマキリがオスカマキリを頭から食うのを知って「共産主義」の優位性を確信したようだ。
Wasabiは共産主義者か、共産主義Sympathy(だと思うが)でありながら「種の保存」は「進化」を通して行われたことを知らないらしい。
動植物は「種の保存」のために、環境や気候、競合種との優位性、捕食効率・利便を図るために「進化」してきた。同じ仲間の個体を犠牲にして「種の保存」を行ってきたのではない。
そもそも「自由主義」と「種の保存」を結び付けて論じるなど、少々言葉が汚いが「くそも味噌もひっくるめた」論であり、こじつけとしか言いようがない。
もっともらしい意見に見せて、実態はくだらない言葉遊びで自分の推論に自己満足と陶酔に浸っているだけだ。
それに中国共産主義が「世界的にも類を見ない経済発展と政治的勝利」を導いたとのことだが、中国の経済的な発展を定義的に言うなら「中国の飛躍は、中国共産党の指導のもとに、経済政策において共産主義の理念を捨て去り資本主義経済政策を取り入れたためである」といえる。
すなわち、共産主義的な経済政策は、共産主義国家の本家であるソ連の崩壊が示すように、夢想の思想であり、基本的な誤りであることは既に実証されている。
それでも資本主義経済を排斥し共産主義の幻想を抱いている北朝鮮の実態がどういうものであるか、その実情を列記するまでもないであろう。
マルクスのいう「資本主義は進化の一つの過程であり、最終的な人類の社会形態は共産国家」であるとの認識は誤りであることは論を待たない。
人類の歴史の中で、「社会主義国家」は歴史の進化の本流の一つの段階ではなく、幻想を現実と見誤った「歴史の亜流」でしかない。
中国が経済を資本主義経済の転換したことは、それ自体は正しい事であったと思うが、「中国共産党の政治的勝利」とはとても言えまい。
もし、「中国共産党の政治的勝利」というなら、共産主義的経済政策(人民公社)の成功をもつてして言えることであり、それを放棄し「資本主義自由市場経済」に転換しての経済発展を遂げたのであれば「中国共産党の政治的敗北」であろう。
しかし、このことは生存のための変革であり、生きるための本能と思えば、何もやましく思うことは無い。これこそが種の絶滅を避けるための「進化」であり「種の保存」とも言えるからである。
ただし、資本主義の形を採りいれて、まねごとを行うことはできるが、「共産主義国家での資本主義経済の発展」には疑問がある。
「資本主義経済の発展」には、「個人の意欲」が必要だからだ。「先進国の資本主義経済」を採り入れて「金儲け」は出来るが、さらなる発展のためには「個人の意欲」を喚起する「自由な思想」「自由な言論」「自由な社会」が不可欠だからだ。それが「個人の意欲」を刺激し、社会に貢献することで発展していく。
Wasabiのように全体のためには個を犠牲にしてもかまわない、という思想では人口に比例して量は拡大することはあっても質は低下するだろう。
今、中国の生産人口は減少の入口にあり、偏った男女比率は人口減少に拍車をかける。
いつまでも人口の多さに頼った量の拡大は望むべくもない。
中国と云う国家が発展していくためには、「実際的な自由が保障された」民主主義にならざるを得ないと思う。でなければ、いつまでも自立できない中途半端な共産主義的似非資本主義社会のままでいるか、思いきって文化大革命以前の名実共の共産主義国家中国に戻るかであろう。
ウム・・・・少し本気になりすぎた。ゴリゴリ頭のwasabiに判るかな?
Wasabiはメスカマキリがオスカマキリを頭から食うのを知って「共産主義」の優位性を確信したようだ。
Wasabiは共産主義者か、共産主義Sympathy(だと思うが)でありながら「種の保存」は「進化」を通して行われたことを知らないらしい。
動植物は「種の保存」のために、環境や気候、競合種との優位性、捕食効率・利便を図るために「進化」してきた。同じ仲間の個体を犠牲にして「種の保存」を行ってきたのではない。
そもそも「自由主義」と「種の保存」を結び付けて論じるなど、少々言葉が汚いが「くそも味噌もひっくるめた」論であり、こじつけとしか言いようがない。
もっともらしい意見に見せて、実態はくだらない言葉遊びで自分の推論に自己満足と陶酔に浸っているだけだ。
それに中国共産主義が「世界的にも類を見ない経済発展と政治的勝利」を導いたとのことだが、中国の経済的な発展を定義的に言うなら「中国の飛躍は、中国共産党の指導のもとに、経済政策において共産主義の理念を捨て去り資本主義経済政策を取り入れたためである」といえる。
すなわち、共産主義的な経済政策は、共産主義国家の本家であるソ連の崩壊が示すように、夢想の思想であり、基本的な誤りであることは既に実証されている。
それでも資本主義経済を排斥し共産主義の幻想を抱いている北朝鮮の実態がどういうものであるか、その実情を列記するまでもないであろう。
マルクスのいう「資本主義は進化の一つの過程であり、最終的な人類の社会形態は共産国家」であるとの認識は誤りであることは論を待たない。
人類の歴史の中で、「社会主義国家」は歴史の進化の本流の一つの段階ではなく、幻想を現実と見誤った「歴史の亜流」でしかない。
中国が経済を資本主義経済の転換したことは、それ自体は正しい事であったと思うが、「中国共産党の政治的勝利」とはとても言えまい。
もし、「中国共産党の政治的勝利」というなら、共産主義的経済政策(人民公社)の成功をもつてして言えることであり、それを放棄し「資本主義自由市場経済」に転換しての経済発展を遂げたのであれば「中国共産党の政治的敗北」であろう。
しかし、このことは生存のための変革であり、生きるための本能と思えば、何もやましく思うことは無い。これこそが種の絶滅を避けるための「進化」であり「種の保存」とも言えるからである。
ただし、資本主義の形を採りいれて、まねごとを行うことはできるが、「共産主義国家での資本主義経済の発展」には疑問がある。
「資本主義経済の発展」には、「個人の意欲」が必要だからだ。「先進国の資本主義経済」を採り入れて「金儲け」は出来るが、さらなる発展のためには「個人の意欲」を喚起する「自由な思想」「自由な言論」「自由な社会」が不可欠だからだ。それが「個人の意欲」を刺激し、社会に貢献することで発展していく。
Wasabiのように全体のためには個を犠牲にしてもかまわない、という思想では人口に比例して量は拡大することはあっても質は低下するだろう。
今、中国の生産人口は減少の入口にあり、偏った男女比率は人口減少に拍車をかける。
いつまでも人口の多さに頼った量の拡大は望むべくもない。
中国と云う国家が発展していくためには、「実際的な自由が保障された」民主主義にならざるを得ないと思う。でなければ、いつまでも自立できない中途半端な共産主義的似非資本主義社会のままでいるか、思いきって文化大革命以前の名実共の共産主義国家中国に戻るかであろう。
ウム・・・・少し本気になりすぎた。ゴリゴリ頭のwasabiに判るかな?
これは メッセージ 836 (wasabi701 さん)への返信です.
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