1951年までチベットは独立国家だった
投稿者: eljadida1000 投稿日時: 2010/10/29 18:40 投稿番号: [667 / 1620]
1913年2月14日、ダライ・ラマ13世が独立宣言(1911年、「辛亥革命」で清朝が崩壊したので)
1914年、イギリスと「シムラ条約」締結
1942年、アメリカはチベットに「連合国」に加わるよう要請するも、チベットは「中立を維持する」と回答
1947年、「アジア諸国会議」(デリー)に「チベット国代表団」が参加
同年、アメリカ、イギリス、インド、中華民国に「通商使節団」派遣
1950年10月26日、中共が「チベット侵攻」
1951年5月23日、中共の「人民解放軍」制圧下で「十七条協約(チベット併合条約)」署名(*この時、中共は「偽印章」を使用)
1959年3月10日、ダライ・ラマ14世が「チベット独立宣言」
(中共が独立を求めるチベット民衆を大虐殺→ダライ・ラマ14世がインドへ亡命→インド北部のダルムサラに「チベット臨時政府」樹立)
1965年、チベット分割(チベットが六分割される)
1966〜1976年、「文化大革命」(紅衛兵がチベットに大挙押し寄せ、大虐殺、「仏教寺院」の80%以上を破壊)
中国人の大量入植が始まる
1987年、「ラサ暴動」(武力鎮圧)
1989年、「大暴動」(「ラサ戒厳令」施行→「天安門事件」の導火線になったともいわれる)
1994年、「五月暴動」(武力鎮圧)
2008年、「五輪暴動」(武力鎮圧)
これは メッセージ 1 (y_news_topics さん)への返信です.
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