■よく見かける光景
投稿者: lie_lie_world 投稿日時: 2010/10/26 09:43 投稿番号: [198 / 1620]
漢字とかを考える時に歴史・文化・風俗とかでなく、数学のように記号として捉え
一定の規則と分類等により解答が導かれると考えたりする者がいる。
例えば木に関わる漢字には必ず木辺がつくとか、
水に関係すれば、日に関係すれば等の規則があり組合せ等の計算で漢字が成り立つとか考えたりする。
この数学のような発送で世界は分析できると考える者も多いのかもしれない。
数学が世界の全てを表現できると考える者は歴史や風俗、
時代背景等もある数値として考慮し計算する事で漢字が計算で導かれると考えるだろうか。
どれだけの範囲を世界として把握可能で、検知・計測できるかは不明だが、そんな風に考えるのかもしれない。
仕事の分析等でも合理的・非合理等という単語が使われ数学的なアプローチが多くみられる。
数値に置き換え分析結果を出せる事がコンサルタントして有能であるように評価される事も多い。
何かを分析しようとする時に数学のように分析しようとしているなと感じる事が、よくある。
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