いいように利用されるイスラエル
投稿者: s90hiro 投稿日時: 2012/02/03 17:24 投稿番号: [7 / 10]
ま、だいたいにおいて、1948年にシオニズム原理主義によりイスラエルが構築された歴史は、キリスト教徒アングロサクソンプロテスタントの都合による歴史だったのであり、ユダヤ人がイスラエルの現在の地の再構築を渇望しての歴史では無かったということを、誰かが書いていたのを読んだことがある。
要するに、スエズ危機に表明されたように、ロシアが中東での覇権を主張する20世紀において、対抗勢力としての西側の駒が必要だったのであり、それがイスラエル建国というおきて破りとなって実現されたということなのではなかろうか、と思うワケだ。
蛇の道はヘビ、毒には毒を、目には目を歯には歯をもって相手に与えたのと同じ障害を受けなければならない。おきて破りにはおきて破りといったところカモ。
スエズ危機においてもイスラエルは英仏にいいように利用されてエジプト侵攻の駒として利用されたワケであり、1989年だったかと思うのだが、イラクの核開発の抑止力として原子炉爆撃というおきて破りを断行したワケだ。いずれも捨て駒的な利用であり、ま、イスラエルとは関係の無いユダヤ人にとっては、勝手にプロテスタントのいいようにやってるな〜、というのが現実的な解釈ではなかろうかと思うワケだ。
1915〜1919年のウィルソン主義の時代とは異なり、特にニクソン外交での米国のモラル原理主義からの変更は画期的であり、対象国がシロかクロかという善と悪の闘争の舞台の歴史観とは異なる、アメリカというそれまでに地球上にかつて存在していなかった特異な道徳原理主義を是とする国の存続原理主義を第一義的に念頭に置くという変更に、イスラエルという捨て駒の建国と利用が見て取れるだろう。
日本にはユダヤシンパが多いと思うが、私もその一人だが、イスラエルはプロテスタントの捨て駒であり、真なるユダヤ人の末裔による国家なのではないのではないかという考察は、米国の存続とモラルの地球上での堅持とそのためのウソ八百やよおちょ〜が必要悪として無ければならないという現実主義との妥協の帰結なのだろうな〜、とま、そのように捉えると、歴史はまた興味津々ということになるだろう。
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