■五世紀 倭の五王の本拠地
投稿者: okidokinoa777 投稿日時: 2011/10/08 13:03 投稿番号: [505 / 629]
讃=讃岐=香川県
珍=MEZURA=MATSUURA〔松浦〕・MUTSURA〔六浦島〕
・MOZI〔門司〕=
MUDURA〔韓国南岸の珍島〕・MUTIRA〔韓国南岸の三千浦〕
=九州北部〔福岡県・山口県日本海側〕と朝鮮半島南岸
済=サイ=斎=斎殿原=西都〔宮崎県西都市〕
西日本最大の古墳群〔3世紀前半−7世紀〕
興=オコ=オクシロ屋代〔広島県〕・オオタケ大竹〔広島県〕・
オカヤマ〔岡山県〕
*大竹←オコタケ←興武、興と武は兄弟
武=タケ=竹原〔広島県〕・大竹〔広島県〕・
安芸の国の多 理(タケリ)の宮〔広島県安芸郡府中町〕
讃〔一番はじめに登場〕が天皇家の確率が高いだろう。
応神天皇=誉田別尊〔ほむたわけのみこと〕
誉を漢訳→讃
ヤマトにいた応神天皇の出が讃岐。
珍〔讃の息子〕は北部九州が本拠地で朝鮮南岸まで勢力範囲。
大和朝廷の任那日本府の元だろう。
武〔広島県〕はヤマトタケルノミコトの武勇伝の題材。
宋書には東は毛人を征すること五十五国、西は衆夷を服すること六十六国とある。
広島を中心に東=ヤマト・西=九州
と考えるとしっくりする。
天皇家と関係のない済・興・武〔済は父・興と武は兄弟〕が
題材になったのが日本書紀の
神武の東征〔日向−豊国−筑紫−安芸−吉備−畿内〕だろう。
ヤマトで統一を見た卑弥呼の死後四世紀に王権が分裂し
4〜5世紀に諸王はヤマトに居住しながら
出身地で代理戦争したり朝鮮半島へ出兵がおこなわれたりした。
記述の少ない六世紀に血筋が遠い継体が天皇になり
七世紀に天皇家の大和朝廷統一に向かう。
これは メッセージ 1 (y_news_topics さん)への返信です.
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