アメリカ人が書いた日韓の歴史
投稿者: qzizi2008 投稿日時: 2012/12/06 05:08 投稿番号: [623 / 667]
以下のように韓国を総体的に改善するための全般的な政策は1910年8月29日「寺内正毅」子爵が発表した布告で公布された。統監の布告で併合が公式的に公布され、これは総督府が設置されるまで韓国の施政を任せられた日本人高位官吏たちに示達された一般命令の性格を持った文書によって補完された。
このような性格の文書にいつも見られる修辞的な表現を抜きにすると布告文では次のように明確に書いている。
(1) 未納された土地税に対する政府の請求権を放棄し、満期になった土地税は20%削減し、教育増進と飢饉及びその他の災害からの救護のために日本帝国財務省から1700万円(約850万ドル)を寄付し、国民を救済する。
(2)
全国的に法と秩序を確立し、生命と財産を守り国民に努力する動機を与える。
(3)
通信と輸送手段を改善し多くの韓国人に働き口を提供、物質的発展を促進する。
(4)
責任感強く経験豊かな韓国人で構成された会議を作り、提案された施政措置に対する諮問を求める。
(5)
ソウルにある中央病院及び三つの慈善病院と併合前に日本によって運営されていた各施設の業務を拡大、補完するためにそれぞれの地域に慈善病院(☆慈恵病院と呼ばれる)を設立する。
(6)
教育施設を拡大させ「青年の心の中に怠慢への嫌悪と実務、倹約、勤勉への愛情を植えつける」教育政策を採択する。
(7)
宗教的信仰の自由を保障する。
これは メッセージ 1 (y_news_topics さん)への返信です.
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