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自主独立の道を自ら拒んだ李王朝。

投稿者: s822konohana 投稿日時: 2012/02/10 22:01 投稿番号: [158 / 621]
1392年の李朝開国は、敵国であった明の協力で打ち立てられた国であるから
その後の李朝が明の隷属国家に転落したのは必然である。

国民は奴隷民族化され、私有財産も没収された。李朝は専制王権制度に体制を変え、朝鮮民族が古代から高麗にいたるまで連綿と持ち続けた国際的自尊心を放棄し、明の属国として堕落が始まった。

その後李朝は1879年、国号を「大韓帝国」とあらため、年号を「光武」とした。王を皇帝と称し、表面的には510余年ぶりに明・清の束縛を脱し、独立国家を形成したが、実態は何ら変わる所が無かった。

1904年、日清戦争に次いで日露戦争を控えた日本は、こうした朝鮮の惨状を
見かねて、目賀田種太郎を財政顧問として派遣し、日本からの財政支援をもとに、李朝をまともな国として建て直すという態勢が、ようやく緒につくことになった。

目賀田財政顧問と統監府は、朝鮮の歳入不足分を補填するために、日本国民の税金から、大韓帝国政府に無利子、無期限の資金「立て替え」を実施したほか、直接支出で援助した。

たとえば1907年度で、朝鮮の国家歳入は748万円しかなく、必要な歳出は3000万円以上で有ったから、その差額は全額日本が負担した。(日本国民の血税である)

統監府時代の4年間に、日本政府が立て替えた朝鮮の歳入不足分は、1428万円
にのぼった。

崔 基鎬著書「日韓併合の事実」より抜粋。
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