Re: 国連の存在理由程度は・・・
投稿者: wszaasuartkedsunahukin 投稿日時: 2009/12/28 03:20 投稿番号: [885 / 2124]
>でたらめな投稿は
犯罪でもあるん茶うか
>そんな食文化日本歴史にはまったく存在しない。
ものを知らない人間が思い込みだけで投稿するなよ。
歴史も民俗学も何も知らんな。
豊織政権時代に日本に滞在していた宣教師ルイス・フロイスは「日本人は野犬や鶴、大猿、猫、生の海草などを食べる」と書いており、当時の日本では肉食は普通のことであったらしい。また特に犬肉食については「われわれは犬は食べないで、牛を食べる。彼らは牛を食べず、家庭薬として見事に犬を食べる」とも言っているので、日本人は薬喰いと称して犬を食べていたようである。
http://drhnakai.hp.infoseek.co.jp/sub1-35.html姫路城内のゴミの穴からは刃物で傷のある犬の骨が発見されている。また岡山城の発掘時には食肉用の骨の中に混じって犬の骨も出土しており、体の一部分のみ多数出土したことから、埋葬ではなく食用であったものとされている。
鹿児島にはエノコロメシ(犬ころ飯)という犬の腹を割いて米を入れ蒸し焼きにする料理法が伝わっていた。
18世紀の『落穂集』には、江戸の町方に犬はほとんどいない。武家方町方ともに、江戸の町では犬は稀にしか見ることができない。犬が居たとすれば、これ以上のうまい物はないと人々に考えられ、見つけ次第撃ち殺して食べてしまう状況であったのである。そして「生類憐れみの令以前は野犬を見なかった」旨の記述があるので、食べる習慣があったことは確かである。
明治維新以降、文明開化により西洋の肉食文化が持ち込まれ、日本は肉食タブーから解放されたが、同時に西欧の「愛玩動物」の概念も持ち込まれ、愛玩動物に該当する動物を食べる行為は嫌悪の対象となった。昭和時代に入ると、忠犬ハチ公の物語が多くの人々の感動を誘い、全国で犬を愛玩する風潮が高まった。
しかし、戦中・戦後の食糧難の時代には、犬を食べたという証言も多い。忠犬ハチ公の子孫が盗まれ、鍋物の具になったとの当時の新聞報道が残されている(畑正憲の大学時代のエピソードも参照)。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%8A%AC%E8%82%89%E6%96%99%E7%90%86#.E8.BF.91.E4.B8.96
これは メッセージ 743 (jp_2010akvg さん)への返信です.
固定リンク:https://yarchive.emmanuelc.dix.asia/200000230/cddeg9b9bb2rc0bbdqa4ka4olc05ada4bba4ba_1/885.html