元寇
投稿者: ftg_algernon 投稿日時: 2009/12/26 13:39 投稿番号: [333 / 2124]
●韓国→中国の単なる属領、手下
●日本→独立国
【元寇】
http://www.h4.dion.ne.jp/~kosak/Genkou.html
1260年4月、チンギス ハン(1167〜1227)の孫に当たるクビライ(1215〜94)が、開平府でクリルタイを開きモンゴル帝国の大ハーンに即位した。この年、朝鮮半島でも約30年間にわたるモンゴル帝国の高麗侵攻の結果としてクビライに恭順を誓う元宗(1219〜74)が王位に就く。1235年から続くモンゴルと南宋の戦いに終止符を打つ為、着々と南宋包囲網を築くクビライは、既に雲南の大理国やヴェトナムの陳朝をその軍門に下していた。
高麗人の趙彜から日本について聴かされたクビライは、1268年、南宋と日本とを討たんと欲し、高麗に大型戦艦1000隻の建造を命じた。
1268年正月、クビライからの牒状が九州の大宰府に到着し、日本は高麗を征服したモンゴルによって、自国が狙われている事を知った。日本は牒状の内容が無礼だとして、返牒しない事を決定。日本の実権を握る鎌倉幕府は、3月5日に北条時宗(1251〜84)を執権に据えて、徹底抗戦の決意を示した。1269年、1271年、1272年にもクビライからの使節が大宰府を訪れたが、日本は返牒せずとの姿勢を崩さなかった。北条時宗はモンゴル軍の襲来に備える為、1271年9月に九州に所領を持つ御家人に対し下向して警護に就くように命じ、翌1272年2月には「異国警固番役」が発足する。
一方のクビライは、1270年、高麗に駐屯するモンゴル軍を増強し、日本侵攻の為の「屯田経略司」とした。1271年11月、クビライは自らの帝国の国号を「大元」と定める。1273年6月、使節として訪日していた趙良弼(1217〜86)が元都に帰着し、日本滞在中に探った大宰府周辺の地形や防衛体制をクビライに報告した。日本の外交と海防を専任する大宰府は、663年の白村江の戦いの後に築かれた土塁、全長約1.2キロ、高さ約13メートルの水城によって守られていた。クビライは2〜3万の兵力で大宰府の攻略が可能と判断し、1274年正月2日、高麗に日本遠征用の艦艇900隻を建造するように命じた。洪茶丘(1244〜91)が大船300隻の造船を担当し、金方慶(1212〜1300)が小船600隻の造船を担当した結果、1274年6月16日、高麗の使者が燕都に赴いて艦隊の完成を報告。
ところが、その2日後の6月18日に元宗が死去したため当初7月に予定されていた侵攻計画は変更を余儀なくされた。8月26日、かねてより日本侵攻に積極的だった忠烈王(1236〜1308)が高麗王位に就き、9月朝鮮半島南岸の合浦に都元帥のヒンドゥと副都元帥の洪茶丘、劉復享が指揮する蒙漢軍2万5000、金方慶が指揮する高麗軍8000、水手などの非戦闘員6700、艦艇900隻が集結する。
(中略)
残された元軍は軍議を開き今後の方針を協議した。高麗人の金方慶は帰りの船を焼き捨てて戦った孟明視や背水の陣で戦った韓信(?〜BC196)の故事を例に挙げ作戦の継続を主張した。しかしモンゴル人のヒンドゥは、疲弊した元軍が日ごとに増す日本軍と、これ以上戦うことを危険と判断し撤退を決断する。元軍は結局大宰府に到達できないまま博多や筥崎で放火や略奪を行ったのみで、夜の内に博多湾から出港した。翌朝日本軍が戻ると、そこには志賀島に座礁した元船1隻が残るのみであった。乗船していた220名は全員捕らえられて処刑され、11月6日には飛脚が京都に到着し合戦による元軍の撃退を報告した。
沖合いに出た元の艦隊は悪天候の為に更なる損害を受けた。11月27日に合浦に帰還したヒンドゥは、忠烈王とその后に日本で捕らえた童男、童女200余名を戦果として献上した。この遠征における元軍の死者や行方不明者の数は1万3500に上った。
☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆
>『日本で捕らえた童男、童女200余名を戦果として献上した。』
■いつも被害者面して中国と一緒になって太平洋戦争の責任を責める韓国だが、昔から中国に媚びへつらいつつも、中国をけしかけて日本を侵略しようとしていた?
韓国人って、歴史上で独立国としての根性見せたことがあるのか?
韓国人は中国に媚び、日本に媚び、欧米に媚び、間に入って日本をネタや盾にして、周りじゅうに媚びへつらい、日本を悪者にしてとって替わろうと暗躍する、寄生虫ぐらいに気持ち悪い国に見える!!
独立国としての自負心があるのなら他国を盾やネタにするのを辞めてもらいたい。
日本は強敵欧米を敵に回して、太平洋戦争(第二次世界対戦)を戦う根性があったのに、朝鮮人にはその根性もなく、日本を盾にして日本にとって替わろうとセコく絡むばかり…。
●日本→独立国
【元寇】
http://www.h4.dion.ne.jp/~kosak/Genkou.html
1260年4月、チンギス ハン(1167〜1227)の孫に当たるクビライ(1215〜94)が、開平府でクリルタイを開きモンゴル帝国の大ハーンに即位した。この年、朝鮮半島でも約30年間にわたるモンゴル帝国の高麗侵攻の結果としてクビライに恭順を誓う元宗(1219〜74)が王位に就く。1235年から続くモンゴルと南宋の戦いに終止符を打つ為、着々と南宋包囲網を築くクビライは、既に雲南の大理国やヴェトナムの陳朝をその軍門に下していた。
高麗人の趙彜から日本について聴かされたクビライは、1268年、南宋と日本とを討たんと欲し、高麗に大型戦艦1000隻の建造を命じた。
1268年正月、クビライからの牒状が九州の大宰府に到着し、日本は高麗を征服したモンゴルによって、自国が狙われている事を知った。日本は牒状の内容が無礼だとして、返牒しない事を決定。日本の実権を握る鎌倉幕府は、3月5日に北条時宗(1251〜84)を執権に据えて、徹底抗戦の決意を示した。1269年、1271年、1272年にもクビライからの使節が大宰府を訪れたが、日本は返牒せずとの姿勢を崩さなかった。北条時宗はモンゴル軍の襲来に備える為、1271年9月に九州に所領を持つ御家人に対し下向して警護に就くように命じ、翌1272年2月には「異国警固番役」が発足する。
一方のクビライは、1270年、高麗に駐屯するモンゴル軍を増強し、日本侵攻の為の「屯田経略司」とした。1271年11月、クビライは自らの帝国の国号を「大元」と定める。1273年6月、使節として訪日していた趙良弼(1217〜86)が元都に帰着し、日本滞在中に探った大宰府周辺の地形や防衛体制をクビライに報告した。日本の外交と海防を専任する大宰府は、663年の白村江の戦いの後に築かれた土塁、全長約1.2キロ、高さ約13メートルの水城によって守られていた。クビライは2〜3万の兵力で大宰府の攻略が可能と判断し、1274年正月2日、高麗に日本遠征用の艦艇900隻を建造するように命じた。洪茶丘(1244〜91)が大船300隻の造船を担当し、金方慶(1212〜1300)が小船600隻の造船を担当した結果、1274年6月16日、高麗の使者が燕都に赴いて艦隊の完成を報告。
ところが、その2日後の6月18日に元宗が死去したため当初7月に予定されていた侵攻計画は変更を余儀なくされた。8月26日、かねてより日本侵攻に積極的だった忠烈王(1236〜1308)が高麗王位に就き、9月朝鮮半島南岸の合浦に都元帥のヒンドゥと副都元帥の洪茶丘、劉復享が指揮する蒙漢軍2万5000、金方慶が指揮する高麗軍8000、水手などの非戦闘員6700、艦艇900隻が集結する。
(中略)
残された元軍は軍議を開き今後の方針を協議した。高麗人の金方慶は帰りの船を焼き捨てて戦った孟明視や背水の陣で戦った韓信(?〜BC196)の故事を例に挙げ作戦の継続を主張した。しかしモンゴル人のヒンドゥは、疲弊した元軍が日ごとに増す日本軍と、これ以上戦うことを危険と判断し撤退を決断する。元軍は結局大宰府に到達できないまま博多や筥崎で放火や略奪を行ったのみで、夜の内に博多湾から出港した。翌朝日本軍が戻ると、そこには志賀島に座礁した元船1隻が残るのみであった。乗船していた220名は全員捕らえられて処刑され、11月6日には飛脚が京都に到着し合戦による元軍の撃退を報告した。
沖合いに出た元の艦隊は悪天候の為に更なる損害を受けた。11月27日に合浦に帰還したヒンドゥは、忠烈王とその后に日本で捕らえた童男、童女200余名を戦果として献上した。この遠征における元軍の死者や行方不明者の数は1万3500に上った。
☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆
>『日本で捕らえた童男、童女200余名を戦果として献上した。』
■いつも被害者面して中国と一緒になって太平洋戦争の責任を責める韓国だが、昔から中国に媚びへつらいつつも、中国をけしかけて日本を侵略しようとしていた?
韓国人って、歴史上で独立国としての根性見せたことがあるのか?
韓国人は中国に媚び、日本に媚び、欧米に媚び、間に入って日本をネタや盾にして、周りじゅうに媚びへつらい、日本を悪者にしてとって替わろうと暗躍する、寄生虫ぐらいに気持ち悪い国に見える!!
独立国としての自負心があるのなら他国を盾やネタにするのを辞めてもらいたい。
日本は強敵欧米を敵に回して、太平洋戦争(第二次世界対戦)を戦う根性があったのに、朝鮮人にはその根性もなく、日本を盾にして日本にとって替わろうとセコく絡むばかり…。
これは メッセージ 207 (ftg_algernon さん)への返信です.
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