首相「韓国は提訴に応じよ」

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Re: 日帝!

投稿者: apamanfree 投稿日時: 2012/08/24 17:38 投稿番号: [2167 / 2210]
イ・スンマン   ライン発効の経緯は以下通り韓国人には浸透している

1951年7月19日韓国政府はサンフランシスコ対日平和条約の韓国領土条項に第5次草案まで入っていた独島(ドクト)が陥ったのを知ってまた記載してくれることを米国国務部に要請した。 これに米国務部は8月10日付公式書簡(ラスク書簡)を通じて韓国政府の要求を収容(受容)できないという意を駐米韓国大使館に送ってきた。 その理由で‘独島(ドクト)は1905年以来日本、島根県、沖島管轄下にあって、1905年以前に韓国が独島(ドクト)を領有した証拠がなくて、韓国政府が領有権主張をしたこともない’という点を上げた。

結論的に‘独島(ドクト)は日本領土’というものが書簡の主要内容だった。 以後に出てきた米国務部内の秘密文書(現在は秘密解除)を見れば‘ラスク書簡を通じて独島(ドクト)は日本領土になった’で書いている。 すなわち、日本政府が現在の独島(ドクト)を日本領土で主張する最も強力な証拠がすぐにこの‘ラスク書簡’だ。 書簡の原本と日本側主張は日本外務省サイトに詳細に載っていて‘竹島問題を分かるための10ポイント’というパンフレットを通じて10ヶ国語で広報している。

‘ラスク書簡’に対する真相は次のようだ。 当時米国はサンフランシスコ対日平和条約草案を作成する役割を受け持ったし、米国によって作成された草案は連合国代表11ヶ国で構成された極東委員会で検討されて合意がなされれば内容が一つずつ確定する形式だった。

しかし‘ラスク書簡’の内容、すなわち独島(ドクト)は日本領土という内容は極東委員会で検討されることもなかったので合意もなかった内容だ。 後ほど米国側が違う秘密文書で確認したことは‘ラスク書簡は秘密裏に韓国政府にだけ送付されたし日本に送ったこともなくて他の国にも公表されたことがない’という事実だ。 これは何を意味するのか? 米国が極東委員会11ヶ国会議で確定したことでない米国だけの見解をあたかも連合国全体の公式見解のように整えて韓国政府にだけ秘密裏に送ったことを意味する。 そのような理由に米国が草案確定規則、すなわち連合国合意で超案を確定させるという点を破った‘ラスク書簡’は基本的に無効だ。

当時米国側下心はその直後に続いた日韓基本条約交渉過程に介入することによって独島(ドクト)を日本の土で確定しようとするところにあったものとみられる。 米国は当初日韓基本条約を対日平和条約が発効される1952年4月に合わせて同時に韓国・日本両国が署名するようにする予定だった。 また、日韓基本条約締結のために韓国・日本両国代表に初めて会うようにした人物はウィリアム チボルドゥだ. 彼は独島(ドクト)が日本領土とずっと主張してきた米国務部政治顧問だ。 すなわち、米国が韓国・日本間の条約締結過程にチボルドゥを参加させて独島(ドクト)を日本の土で確定しようとしたことが如実にあらわれる。

↓(イ・スンマン   ライン)

しかしこういう陰謀を感づいたイ・スンマン大統領が1952年1月に‘海洋主権(株券)宣言’を宣言して独島(ドクト)を韓国水域に含ませた平和船を東海(日本海)にひいた。 これこそが‘ラスク書簡’に対する韓国の答だった。 こういう韓国の行動に米国や連合国は反対しなかった。 すなわち、彼らは結局独島(ドクト)に対する韓国の領有権を1952年1月黙認を通じて認めた。 米国は平和船に反対する場合、独島(ドクト)問題で日本肩を持ったという事実があらわれるから出ることができなかった。 この過程だけ調べても‘ラスク書簡’は無効で、1952年1月は米国と連合国が独島(ドクト)を韓国領土と認定した日でありサンフランシスコ条約の韓国領土条項に独島(ドクト)がすでに含まれたことを知らせた日だ。
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