韓国人の理不尽な主張に反論
投稿者: eljadida1000 投稿日時: 2011/08/06 09:20 投稿番号: [863 / 2471]
>歴史上長期間(数百年)韓国ではその存在を師られていたわけね。
この時点ではどちらかと言えば韓国領
何時から知ってたか、言ってみろ。
>江戸時代韓国領の無人島だったらしい(朝鮮は渡航を禁じていた)本島にたどり着いた日本そこで始めて存在を知った。
何が“韓国領の無人島”だ、ただの“無人島”だよ。
だいたい当時の「李朝」が、0.23㎢しかなく、岩ばかりでほどんど土もなく人が自給自足できない「竹島」などに、なんでわざわざ「渡航禁止令」なんか出す? が近世以前に、「李朝」「竹島」の存在を知っていたかさえ、極めて疑わしい?
因みに、「李朝」が渡航を禁止していたのは「竹島」ではなく、「鬱陵島」だよ。その理由は、ここに「李朝」の法に従わないアウトローが集まる傾向が見られたからだ。(「李朝」の「鬱陵島空島政策」は、1438年から1881年まで続く)
>日露戦争時に島根県に竹島離島の編入を閣議決定して朝鮮への支配を強めていった。
「竹島編入」は、朝鮮支配とは関係ない。もともと朝鮮領土ではないのだから。
少々話がずれるが、「日清戦争」を通じて朝鮮の独立を支援した日本が、何故その後朝鮮に対する不信感を強めたかといえば、「李朝」から「大韓帝国」に国名を変更した高宗が、事もあろうにロシアに事大し始め、1897年から1年間、「ロシア公使館」に入りびたり、そこで政務を執るような真似をしたからだ。(俄館播遷)
その後の「日露戦争」中も、表面的には中立を装いながらも、ロシアの勝利を予想して、その方向で動いていた。
ところが、当てが外れて日本が勝ったため、「大韓帝国」は立場を失い、三度の「日韓協約」を経て、「日韓併合」を受け入れざるを得なくなったということ。
考えようによっては、今度は日本に事大したともいえよう。
>戦後は日本の支配を離れた竹島(離島) 本島は朝鮮領である。
それは李承晩の主張に過ぎない。
李承晩が駐米大使を通じてアメリカにそう主張したところ、1951年8月10日にディーン・ラスク国務次官補から丁寧な回答がきた。
そこには次のように記されていた。
「独島、または竹島ないしはリアンクール岩として知られる島に関しては、この通常無人である岩島は我々の情報によれば、朝鮮の一部として取り扱われたことは一度もなく、1905年から日本の島根県隠岐支庁の管轄下にあります。かつて朝鮮によって領土主張がなされたこともありません。」
>で1952年から韓国が離島も実効支配している。
1952年1月18日、李承晩は一方的に「李ライン」を設定し、「竹島」を取り込み、「竹島は韓国領土」との告知を出す。
即日、「日本政府」は厳重に抗議する。
1954年7月、突然韓国は軍事占領を計り約40名の兵士を「竹島」に上陸させる。
同年9月25日、「日本政府」は正式に「国際司法裁判所」に「提訴」。
同年10が28日、「韓国政府」は正式に「国際司法裁判所」に「審議に応じることを拒否する」と通告。
以降、「韓国政府」は一貫して、「国際司法裁判所」での審議を拒否し、軍事占領を続けている。
この時点ではどちらかと言えば韓国領
何時から知ってたか、言ってみろ。
>江戸時代韓国領の無人島だったらしい(朝鮮は渡航を禁じていた)本島にたどり着いた日本そこで始めて存在を知った。
何が“韓国領の無人島”だ、ただの“無人島”だよ。
だいたい当時の「李朝」が、0.23㎢しかなく、岩ばかりでほどんど土もなく人が自給自足できない「竹島」などに、なんでわざわざ「渡航禁止令」なんか出す? が近世以前に、「李朝」「竹島」の存在を知っていたかさえ、極めて疑わしい?
因みに、「李朝」が渡航を禁止していたのは「竹島」ではなく、「鬱陵島」だよ。その理由は、ここに「李朝」の法に従わないアウトローが集まる傾向が見られたからだ。(「李朝」の「鬱陵島空島政策」は、1438年から1881年まで続く)
>日露戦争時に島根県に竹島離島の編入を閣議決定して朝鮮への支配を強めていった。
「竹島編入」は、朝鮮支配とは関係ない。もともと朝鮮領土ではないのだから。
少々話がずれるが、「日清戦争」を通じて朝鮮の独立を支援した日本が、何故その後朝鮮に対する不信感を強めたかといえば、「李朝」から「大韓帝国」に国名を変更した高宗が、事もあろうにロシアに事大し始め、1897年から1年間、「ロシア公使館」に入りびたり、そこで政務を執るような真似をしたからだ。(俄館播遷)
その後の「日露戦争」中も、表面的には中立を装いながらも、ロシアの勝利を予想して、その方向で動いていた。
ところが、当てが外れて日本が勝ったため、「大韓帝国」は立場を失い、三度の「日韓協約」を経て、「日韓併合」を受け入れざるを得なくなったということ。
考えようによっては、今度は日本に事大したともいえよう。
>戦後は日本の支配を離れた竹島(離島) 本島は朝鮮領である。
それは李承晩の主張に過ぎない。
李承晩が駐米大使を通じてアメリカにそう主張したところ、1951年8月10日にディーン・ラスク国務次官補から丁寧な回答がきた。
そこには次のように記されていた。
「独島、または竹島ないしはリアンクール岩として知られる島に関しては、この通常無人である岩島は我々の情報によれば、朝鮮の一部として取り扱われたことは一度もなく、1905年から日本の島根県隠岐支庁の管轄下にあります。かつて朝鮮によって領土主張がなされたこともありません。」
>で1952年から韓国が離島も実効支配している。
1952年1月18日、李承晩は一方的に「李ライン」を設定し、「竹島」を取り込み、「竹島は韓国領土」との告知を出す。
即日、「日本政府」は厳重に抗議する。
1954年7月、突然韓国は軍事占領を計り約40名の兵士を「竹島」に上陸させる。
同年9月25日、「日本政府」は正式に「国際司法裁判所」に「提訴」。
同年10が28日、「韓国政府」は正式に「国際司法裁判所」に「審議に応じることを拒否する」と通告。
以降、「韓国政府」は一貫して、「国際司法裁判所」での審議を拒否し、軍事占領を続けている。
これは メッセージ 833 (wqsdgyy さん)への返信です.
固定リンク:https://yarchive.emmanuelc.dix.asia/200000230/bcabl15d0wa1a24z9qa4aba4i6afc0a95a29qa4k_1/863.html