朝鮮半島南部は元々日本人(倭人)の土地!!
投稿者: ftg_algernon 投稿日時: 2011/08/07 10:46 投稿番号: [1221 / 2471]
朝鮮半島南部は元々、倭人の住む土地。(半島の古代人の遺骨ですら、縄文人→弥生人に変化している。「山海経」では倭は燕と接していたそうだ)
古代朝鮮半島にあったとされる国々「三韓」の一つ「弁辰」について書かれた中国の史書の中に、「倭」についての記述が幾つかある。
「倭(の国)」は、当時、弁辰に近接していたという風な書かれ方である。
また、弁辰の国の中自体にも、倭族の一種、一族ともとれる部族が複数いた様である。(大陸人との混血の種族かも知れない)
朝鮮半島は、当時北の方は栄えていた様だが、南の方は空き地状態。三韓の一つ馬韓は、秦の始皇帝の奴隷逃亡者達に土地を与えて「辰韓」という国をつくったそうだ。
当時は、そのくらい土地は余っていた様だが、(勝手に領主を名乗った朝鮮の連中が)半島に住んでいた土着土人の倭族の一族の土地を勝手に割譲した…、ともとれる話である。
『日本書紀』の中の神功皇后による「三韓征伐」の話や、「任那日本府」があったという話は、この奪われた朝鮮半島南部の土地利権を倭人が再び取り返す…、といった所から話が出来ているのだろう。
韓民族、朝鮮民族を名乗る半島人達は、「独島(竹島)は、我々朝鮮民族のものだ!」「対馬も朝鮮民族のものだ!」という前に、朝鮮半島南の島々どころか、半島の南部一帯は、元々は倭人(古代日本人、縄文人)を含めた土着原住民達の土地だった事を知るべきだ。
(2000年くらい前、現代朝鮮人達の祖先は、長白山脈、千山山脈を越えて中国本土から溢れ出た、半島の侵略者側の立場だったのだ)
釜山影島の東三洞貝塚などからは、縄文式土器や九州産の黒曜石が見つかっており、縄文土器の完成品をわざわざ輸出するとは思えないので倭(縄文)人居住の痕跡だろう。また日本産の翡翠の勾玉や黒曜石の矢尻などが、朝鮮半島どころかウラジオストクなどからも見つかっており、ユーラシア大陸側も含め日本海沿岸一帯は倭(縄文)人の土地だったと推察するに値する証拠は十分にある。
●黒曜石
http://www.tiny.jp/~arugacom/suwakou/kokuyose.html
●世界最古級の日本の縄文式土器(1万6500年前)
http://www2u.biglobe.ne.jp/~KAIGUCCI/pottery.htm
●ヒスイ製勾玉(Wikipedia参照)
●稲作は実は縄文人が行っていた?
(熱帯ジャポニカ米、朝鮮と日本では稲の遺伝子が違う)
http://inoues.net/study/japonica1.html
↓↓
●弁韓(弁辰)
http://members3.jcom.home.ne.jp/sadabe/kanbun/sankan-benkan.htm
◆『後漢書』弁辰伝
弁辰與辰韓雜居、城郭衣服皆同、言語風俗有異。其人形皆長大、美髮、衣服□清。而刑法嚴峻。其國近倭、故頗有文身者。
弁辰と辰韓は雜居しており、城郭、衣服などいずれも同じで、言語と風俗は異なる。その族は背が高くて大きく、美しい髮、衣服は清楚である。刑罰法令は厳格。その国は倭に近い故に全身に刺青を施している者も少しいる。
◆『三国志魏書』弁辰伝
弁、辰韓合二十四國、大國四五千家、小國六七百家、總四五萬戸。其十二國屬辰王。(中略)
國出鐵、韓、口、倭皆從取之。諸口買皆用鐵、如中國用錢、又以供給二郡。俗喜歌舞飲酒。有瑟、其形似筑、彈之亦有音曲。兒生、便以石厭其頭、欲其褊。今辰韓人皆褊頭。男女近倭、亦文身。便歩戰、兵仗與馬韓同。其俗、行者相逢、皆住讓路。
弁辰と辰韓の合計二十四国(上記には辰韓は十一国しか記載がなく、難彌離彌凍国は両者に重複)、大国は四、五千家、小国は六、七百家、総計は四、五万戸である。(中略)
国は鉄を産出し、韓、口、倭など皆、これを採りに来る。諸貨の売買には皆、鉄を用いる。中国で金銭を用いるがごとくである。また二郡で供給する。
風俗は歌舞、飲酒を好む。瑟があり、形は筑に似ており、これを弾く音曲がある。子が生まれると、石に頭を押し付け、扁平にすることを欲する。今、辰韓人は誰もが扁平な頭をしている。男女は倭に近く、全身に刺青もする。歩兵戦に慣れており、兵器は馬韓と同じ。その習俗は、路上で行き交えば、皆、道を譲りあう。
◆『南斉書』加羅國伝
弁辰與辰韓雜居、亦有城郭。衣服居處與辰韓同。言語法俗相似、祠祭鬼神有異、施口皆在戸西。其口盧國與倭接界。
弁辰は辰韓に雜居し、城郭をも有する。衣服、住居は辰韓に同じ。言語、法俗は相似するが、祠に鬼神を祭祀するのは異なる、皆が家の西にかまどを置く。そこの口盧国は\xCF
古代朝鮮半島にあったとされる国々「三韓」の一つ「弁辰」について書かれた中国の史書の中に、「倭」についての記述が幾つかある。
「倭(の国)」は、当時、弁辰に近接していたという風な書かれ方である。
また、弁辰の国の中自体にも、倭族の一種、一族ともとれる部族が複数いた様である。(大陸人との混血の種族かも知れない)
朝鮮半島は、当時北の方は栄えていた様だが、南の方は空き地状態。三韓の一つ馬韓は、秦の始皇帝の奴隷逃亡者達に土地を与えて「辰韓」という国をつくったそうだ。
当時は、そのくらい土地は余っていた様だが、(勝手に領主を名乗った朝鮮の連中が)半島に住んでいた土着土人の倭族の一族の土地を勝手に割譲した…、ともとれる話である。
『日本書紀』の中の神功皇后による「三韓征伐」の話や、「任那日本府」があったという話は、この奪われた朝鮮半島南部の土地利権を倭人が再び取り返す…、といった所から話が出来ているのだろう。
韓民族、朝鮮民族を名乗る半島人達は、「独島(竹島)は、我々朝鮮民族のものだ!」「対馬も朝鮮民族のものだ!」という前に、朝鮮半島南の島々どころか、半島の南部一帯は、元々は倭人(古代日本人、縄文人)を含めた土着原住民達の土地だった事を知るべきだ。
(2000年くらい前、現代朝鮮人達の祖先は、長白山脈、千山山脈を越えて中国本土から溢れ出た、半島の侵略者側の立場だったのだ)
釜山影島の東三洞貝塚などからは、縄文式土器や九州産の黒曜石が見つかっており、縄文土器の完成品をわざわざ輸出するとは思えないので倭(縄文)人居住の痕跡だろう。また日本産の翡翠の勾玉や黒曜石の矢尻などが、朝鮮半島どころかウラジオストクなどからも見つかっており、ユーラシア大陸側も含め日本海沿岸一帯は倭(縄文)人の土地だったと推察するに値する証拠は十分にある。
●黒曜石
http://www.tiny.jp/~arugacom/suwakou/kokuyose.html
●世界最古級の日本の縄文式土器(1万6500年前)
http://www2u.biglobe.ne.jp/~KAIGUCCI/pottery.htm
●ヒスイ製勾玉(Wikipedia参照)
●稲作は実は縄文人が行っていた?
(熱帯ジャポニカ米、朝鮮と日本では稲の遺伝子が違う)
http://inoues.net/study/japonica1.html
↓↓
●弁韓(弁辰)
http://members3.jcom.home.ne.jp/sadabe/kanbun/sankan-benkan.htm
◆『後漢書』弁辰伝
弁辰與辰韓雜居、城郭衣服皆同、言語風俗有異。其人形皆長大、美髮、衣服□清。而刑法嚴峻。其國近倭、故頗有文身者。
弁辰と辰韓は雜居しており、城郭、衣服などいずれも同じで、言語と風俗は異なる。その族は背が高くて大きく、美しい髮、衣服は清楚である。刑罰法令は厳格。その国は倭に近い故に全身に刺青を施している者も少しいる。
◆『三国志魏書』弁辰伝
弁、辰韓合二十四國、大國四五千家、小國六七百家、總四五萬戸。其十二國屬辰王。(中略)
國出鐵、韓、口、倭皆從取之。諸口買皆用鐵、如中國用錢、又以供給二郡。俗喜歌舞飲酒。有瑟、其形似筑、彈之亦有音曲。兒生、便以石厭其頭、欲其褊。今辰韓人皆褊頭。男女近倭、亦文身。便歩戰、兵仗與馬韓同。其俗、行者相逢、皆住讓路。
弁辰と辰韓の合計二十四国(上記には辰韓は十一国しか記載がなく、難彌離彌凍国は両者に重複)、大国は四、五千家、小国は六、七百家、総計は四、五万戸である。(中略)
国は鉄を産出し、韓、口、倭など皆、これを採りに来る。諸貨の売買には皆、鉄を用いる。中国で金銭を用いるがごとくである。また二郡で供給する。
風俗は歌舞、飲酒を好む。瑟があり、形は筑に似ており、これを弾く音曲がある。子が生まれると、石に頭を押し付け、扁平にすることを欲する。今、辰韓人は誰もが扁平な頭をしている。男女は倭に近く、全身に刺青もする。歩兵戦に慣れており、兵器は馬韓と同じ。その習俗は、路上で行き交えば、皆、道を譲りあう。
◆『南斉書』加羅國伝
弁辰與辰韓雜居、亦有城郭。衣服居處與辰韓同。言語法俗相似、祠祭鬼神有異、施口皆在戸西。其口盧國與倭接界。
弁辰は辰韓に雜居し、城郭をも有する。衣服、住居は辰韓に同じ。言語、法俗は相似するが、祠に鬼神を祭祀するのは異なる、皆が家の西にかまどを置く。そこの口盧国は\xCF
これは メッセージ 1 (y_news_topics さん)への返信です.
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