橋下氏「竹島は共同管理に」

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Re: 尖閣と竹島の共通点

投稿者: zdfgyuxcvbnjikl 投稿日時: 2012/09/25 08:18 投稿番号: [1154 / 5027]
>尖閣の日本領土編入は1895年1月の日清戦争中。
>竹島の日本領土編入は1905年1月の日露戦争中。

中韓は明治日本の大陸への領土的野心に基づく膨張政策の一環として、尖閣、竹島の領土編入が行われたと見ている。

明治の元勲といわれる人達をはじめ、明治政府を動かした薩長土肥の士族たちはみな多かれ少なかれ吉田松陰の思想の影響を受けている。
松蔭の思想はいわゆる帝国主義思想で、日本は大陸へ進出領有することが発展の道だという考えだった。
松蔭が対外思想を著した『幽囚録』によれば「今急武備を修め、艦略具はりはく略足らば、則ち宜しく蝦夷を開拓して諸侯を封建し、間に乗じて加摸察加(カムチャッカ)・奥都加(オホーツク)を奪ひ、琉球に諭し、朝覲会同すること内諸侯と比しからめ朝鮮を責めて質を納れ貢を奉じ、古の盛時の如くにし、北は満州の地を割き、南は台湾、呂宋(ルソン)諸島を収め、進取の勢を漸示すべし」と記し、北海道の開拓、琉球(現在の沖縄。当時は半独立国であった)の日本領化、李氏朝鮮の日本への属国化、満洲・台湾・フィリピンの領有を主張した。

明治以降の日本の対外政策の歩みはほとんどこの松蔭の思想と軌を一にしていることがわかる。
二つの戦争について日本ではそれぞれ開戦やむを得ざる状況に追い込まれたとする説が主流だが、それは開戦を正当化する理由付けであって、戦後しっかり領土割譲や権益譲渡を要求獲得しており、当初から真の目的はそこにあった。
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