Re: 図に乗る韓国!!
投稿者: zaqxswishi 投稿日時: 2012/08/16 10:12 投稿番号: [12317 / 14154]
竹島は、伯耆国の大谷・村川両家が江戸幕府から受けた欝陵島への渡航許可(1616年)の頃、中継地として、また漁猟地として、我が国の経営支配下にあったと言える。
明治時代に入って、隠岐島民が竹島でアシカ漁等に従事するようになり、日本政府は、乱獲を取り締まるために、1905年(明治38年1月28日)、正式に『竹島』と命名し、隠岐島司の所管とすることを決定した。
それに基づき同年(明治38年)2月22日、島根県はその内容を公示した(島根県告示第40号)。
これにより、第二次世界大戦に至るまで、竹島は国内的には島根県に、また対外的には近代国際法に根拠を持つ無主地の先占として、日本国にその領土権の確立が宣言された。
その竹島は、1945年(昭和20年)第2次世界大戦の敗戦終結を受け、占領軍の命によって島根県による行政権行使が一旦停止されたが、1951年(昭和26年)9月に米国との間に締結された「サンフランシスコ講和条約」(翌1952年(昭和27年)4月28日発効)によ返還された。
危機感を抱く当時の韓国李承晩大統領が一方的な海洋主権宣言である所謂『李承晩ライン』の設定であった。
1954年(昭和29年)、韓国は竹島に警備隊を常駐、以来、半世紀(51年間)にわたる不法占拠の中で今日を迎えたが、極めて痛恨の極みと言わざるを得ない。
更に、このような不法占拠が、今後も引き続き、なし崩し的に行われるとするなら、如何に現下の現代国際法下にあるとは云え、いつの日か、既成事実として、韓国領土になったとしても不思議ではない。
これは メッセージ 12299 (jin*asi**aki*masen さん)への返信です.
固定リンク:https://yarchive.emmanuelc.dix.asia/200000230/4z9qa1a6mfbbgefdnna4accddegkaclda4x_1/12317.html