①尖閣の係争地化?から40年という節目
投稿者: arubekisugata_soumoukukki 投稿日時: 2013/01/18 23:51 投稿番号: [901 / 4475]
どーいうシナリオが用意されてるのか楽しみ
@?@
尖閣は、日本の領土であるとする。
尖閣は、中国の領土であることを主張できるとする。
みたいな合意があったとされる
ー?−
40年前。
中米両国は上海で『共同コミュニケ』を発表し、
これは歴史上『上海コミュニケ』といわれるものである。
中米関係の緩和は国際社会を揺さぶり、
西側のメディアはその数日間を「世界を変えた一週間」と称した。
http://messages.yahoo.co.jp/bbs?.mm=GN&action=m&board=200000287&tid=c0hegbdtega4kc0ofae5a1a4ngdbhw8a 1fa4&sid=200000287&mid=125&thr=125&cur=125
キッシンジャー大統領補佐官は、
「米中は直接話すべきで、間接的に日本を通すのはやめよう」
と日本排除を提案していたことも判明した。
http://messages.yahoo.co.jp/bbs?.mm=FN&action=m&board=1998405&tid=topix&sid=1998405&mid=6826&thr=5701&dir=d
1972年2月21日から28日にかけて
ニクソン大統領は中国を訪問し、北京、杭州、上海を訪問し、
外交方針をまとめた第一次米中共同声明(いわゆる上海コミュニケ(英語版))を発表した。
その中で米中両国は国交正常化へむけ連携を一層強化していくことを誓った。[10]
米国は台湾は中国の一部であるとする「一つの中国」を認知し、
両国は国交正常化の妨げとなる重要な台湾問題はさておき、
開かれた貿易や連絡を行うことになった。
1980年代には米中首脳による相互訪問が活発に行われた。
1984年、米国のロナルド・レーガン大統領と
中国の趙紫陽首相が相互に訪問を行い、
1985年7月には李先念国家主席が外遊で米国を訪れた。
中国首脳によるこのような訪問は初めてのことだった。
1985年10月、ジョージ・H・W・ブッシュは中国を訪問し、
中国で4ヵ所目となる成都の米国領事館が開かれた。
1985年から1989年にかけて両国の閣僚による交流が行われ、
1989年2月にブッシュ大統領が訪中し華を添えた。
1979年1月1日、中米両国は正式に大使級の外交関係を結び、
米国は台湾とのいわゆる「外交関係」を断絶し、年内に台湾駐留米軍を撤退させ、
米台の「共同防御条約」を終了させることを宣言した。
1979年1月、中国の指導者トウ小平氏が
米カーター大統領の招きを受けて米国を訪れ、
中米関係史の新たな一ページを開いた。
1982年8月17日、両国政府は「中米共同コミュニケ」(八・一七コミュニケ)を発表、
米国側は「台湾への武器売却を長期的政策として実施するつもりはないこと、
台湾に対する武器売却は質的にも量的にも
米中外交関係樹立以降の数年に供与されたもののレベルを越えないこと、
及び台湾に対する武器売却を次第に減らしていき一定期間のうちに
最終的解決に導くつもりであること」を表明した。
中米のこれら3つの共同コミュニケ(上海コミュニケ、
外交関係樹立に関する共同コミュニケ、八・一七コミュニケ)は、
中米関係発展に向けた指導文書となった。
「人民網日本語版」2011年1月21日
キッシンジャー先生といえば、
つまり、保守政治の裏側を操つる
児玉−笹川−中曽根−ナベツネ−氏家連合が形成されていたことになる。
http://messages.yahoo.co.jp/bbs?.mm=GN&action=m&board=200000249&tid=h7bb3haf8c0ki1raja4aca1v9qb1a1w&sid=200000249&mid=184&thr=184&cur=184
昔の青年将校の志 ≒ ブレまくり鳩ぽっぽの志
Re◎鳩山を馬鹿にしている人は中曽根が馬鹿といってるよーうなもん。
http://messages.yahoo.co.jp/bbs?.mm=GN&action=m&board=200001381&tid=h7bb3bba2adfljaca4aba4ca4fa4afa4 la4bf&sid=200001381&mid=1346&thr=1184&cur=1184&dir=d
これは メッセージ 1 (y_news_topics さん)への返信です.
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