譲ればそこが基準にされるのが国際社会
投稿者: tearanscye 投稿日時: 2013/01/23 14:52 投稿番号: [3956 / 4475]
河野談話がその典型。元々は当時の韓国政府の面目を立てて強制性があったような文面で談話を発してしまったばかりに、徐々にそれが「日本政府も認める事実」として国際社会に定着してしまう。一旦定着したものを覆すのは容易なことじゃなく、先日アメリカ政府からも談話見直しには難色が示された。
長らく続いた異常な円高も同じことが言える。リーマンショックによって各国が無制限の金融緩和(自国通貨増刷競争)を始めたのに日本だけは節度を維持した結果、日本の円の異常な独歩高となり輸出関連初め国内産業が大打撃を蒙ることとなった。
日本の安倍政権は遅まきながら、この異常な円高を是正すべく日銀に最大規模の量的緩和を確約させたが、国際社会の一部から「日本が通貨安競争を仕掛けている」と批判される羽目となった。
日本としては我慢に我慢を重ねた円高だったわけだが、国際社会から見れば「これが日本が容認している為替水準」と見なされこのような批判を受けることになる。
他国や国際社会に配慮したり譲ったりするのが美徳のように国内では思われがちだが、これは世界では損をするだけの全くの非常識であることをそろそろ平和ボケの日本人も学習する必要がある。
これは メッセージ 1 (y_news_topics さん)への返信です.
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