「あの孤島は台湾のものだ」に ダウト!
投稿者: a_few_bad_men 投稿日時: 2013/01/23 12:51 投稿番号: [3901 / 4475]
>よくよく考えてごらん、明治に至るまで外洋船を造れなかった日本が
なんであんな海の向こうの孤島が日本固有の領土なんよ!
ダウト!
聖徳太子以前から、その後も、遣隋使、遣唐使、日宋貿易、朱印船貿易…などなど、海洋国家日本は、周辺国の技術に劣らない外洋船を造りました。
民間の倭寇たちでさえ制海権をとり、明朝でさえ手出しができない状態にして、悔し紛れに名ばかりの「討伐令」を出させたのでした。(笑)
>その中国は元時代、フビライは征服した南宋に命じて3千艘とかの外洋船を造らせ15万人の
兵士を博多湾に派遣したんよ!15万の兵士の食料、武器を考えたらどれだけ頑丈で大きかったかわかるだろう!。
ダウト!
15万人というのは、弘安の役のことですね。
元は、征服した国の兵士たちを、損耗率の一番高い最前線に立たせて、さらに勢力を伸ばしました。
しかし、戦線が拡大し切った時代に下った南宋の「貴族お坊ちゃん兵士」など、使い物にならない邪魔者でしかありませんでした。
また、征服された南宋の将兵たちの士気も、低かったと言われています。
元は、南宋の兵士たちをメインにして、「超ボロ船」に乗せて日本に送ったと言われています。
その心は、「万が一、日本征服ができたなら儲けもの。そうでなくとも、『不用品』の処分にはなる」というように言われています。
最近、九州沖に沈む元寇の船が見つかりましたが、「意外にも」「生意気にも」、一丁まえに竜骨が結構頑丈に作られている、という驚きとともに、将来の詳細な調査が待たれています。(文永の役のものかも知れませんね)
>もう本来の持ち主に返そうよ!あの孤島は台湾付属の島、台湾は潜在的には
中国の領土、しかし今は独立の主権を持つ、だからさしあたって台湾に返還を
しようよ! その先は台湾と中国の間で話し合えばいい、日本が関係すること
ではない。
ダウト!
台湾の先住民族は、インドネシア・フィリピン系の原住民たちであり、今でも台湾に4,5十万人くらいが住んでいます。
彼らが、台湾から130km以上も離れている尖閣諸島に、何をしに来ていたというのでしょうか?
手漕ぎの漁船や小さな帆船で、何日か掛けて、尖閣に魚を取りに来たとでも言うのでしょうか?
(カツオやマグロを取ったとしても、持ちかえる2,3日の間に腐ってしまいます。居留して、鰹節工場を作った痕跡なども、皆無です)
「台湾から130km以上も離れている尖閣諸島が、台湾族によって利用されていた」
というのであれば、
「台湾よりもずっと尖閣諸島に近い与邦国島の人たちが利用していなかったわけがない」
ということになります。
事実は、尖閣諸島は、水の大してない島であるために何十人もが住むことはできないのであり、近代の動力船や建築技術がなければ、利用することができない人が住めない島、無人島でしかありえません。
なんであんな海の向こうの孤島が日本固有の領土なんよ!
ダウト!
聖徳太子以前から、その後も、遣隋使、遣唐使、日宋貿易、朱印船貿易…などなど、海洋国家日本は、周辺国の技術に劣らない外洋船を造りました。
民間の倭寇たちでさえ制海権をとり、明朝でさえ手出しができない状態にして、悔し紛れに名ばかりの「討伐令」を出させたのでした。(笑)
>その中国は元時代、フビライは征服した南宋に命じて3千艘とかの外洋船を造らせ15万人の
兵士を博多湾に派遣したんよ!15万の兵士の食料、武器を考えたらどれだけ頑丈で大きかったかわかるだろう!。
ダウト!
15万人というのは、弘安の役のことですね。
元は、征服した国の兵士たちを、損耗率の一番高い最前線に立たせて、さらに勢力を伸ばしました。
しかし、戦線が拡大し切った時代に下った南宋の「貴族お坊ちゃん兵士」など、使い物にならない邪魔者でしかありませんでした。
また、征服された南宋の将兵たちの士気も、低かったと言われています。
元は、南宋の兵士たちをメインにして、「超ボロ船」に乗せて日本に送ったと言われています。
その心は、「万が一、日本征服ができたなら儲けもの。そうでなくとも、『不用品』の処分にはなる」というように言われています。
最近、九州沖に沈む元寇の船が見つかりましたが、「意外にも」「生意気にも」、一丁まえに竜骨が結構頑丈に作られている、という驚きとともに、将来の詳細な調査が待たれています。(文永の役のものかも知れませんね)
>もう本来の持ち主に返そうよ!あの孤島は台湾付属の島、台湾は潜在的には
中国の領土、しかし今は独立の主権を持つ、だからさしあたって台湾に返還を
しようよ! その先は台湾と中国の間で話し合えばいい、日本が関係すること
ではない。
ダウト!
台湾の先住民族は、インドネシア・フィリピン系の原住民たちであり、今でも台湾に4,5十万人くらいが住んでいます。
彼らが、台湾から130km以上も離れている尖閣諸島に、何をしに来ていたというのでしょうか?
手漕ぎの漁船や小さな帆船で、何日か掛けて、尖閣に魚を取りに来たとでも言うのでしょうか?
(カツオやマグロを取ったとしても、持ちかえる2,3日の間に腐ってしまいます。居留して、鰹節工場を作った痕跡なども、皆無です)
「台湾から130km以上も離れている尖閣諸島が、台湾族によって利用されていた」
というのであれば、
「台湾よりもずっと尖閣諸島に近い与邦国島の人たちが利用していなかったわけがない」
ということになります。
事実は、尖閣諸島は、水の大してない島であるために何十人もが住むことはできないのであり、近代の動力船や建築技術がなければ、利用することができない人が住めない島、無人島でしかありえません。
これは メッセージ 3821 (霧野一二三 さん)への返信です.
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