★元国務長官ジョン・フォスター・ダレス
投稿者: kabuyasontoku 投稿日時: 2013/01/23 01:19 投稿番号: [3696 / 4475]
>1956年7月、重光葵外相を主席全権、松本を全権として、モスクワで、日ソ平和条約交渉が再開された。当初、重光は四島返還を主張したが、ソ連の態度が硬いと見るや、8月12日、歯舞・色丹二島返還で交渉を妥結することを決心し、本国へ打診。しかし、当時、保守合同直後の与党には、派閥間の思惑もあり、重光提案を拒否、日ソ平和条約交渉は膠着した。さらに、8月19日、重光はロンドンで米国務長官ジョン・フォスター・ダレスと会談、席上ダレスは、二島返還で妥結することをきびしく禁止し、四島返還を主張しないならば、沖縄の返還も無いと指摘したと言う。なお、この会談の記録は外務省に保管されており、鈴木宗男が2006年2月に、松本の書籍の内容が事実であるかどうかを政府に質問したが、政府は今後の交渉に支障を来たす恐れがあるとして、明確な回答を一切避けた。
★北方二島返還を封じ込め、四島返還(ソ連が合意しない)を主張しなければ、アメリカ政府は沖縄を日本に返還しないと言ったダレス国務長官。
★戦後の日本への米軍駐留の継続の為に、日本周辺での領土問題(ロシアと北方領土問題、中国と尖閣問題、韓国と竹島問題)が作り上げられている。
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