Re◎ふむふむ児玉誉士夫→ナベツネほか大物
投稿者: arubekisugata_soumoukukki 投稿日時: 2012/04/22 23:04 投稿番号: [6167 / 7238]
東亜相互企業
表の社会の成功者として振る舞うことを演出
元暴力団関係者が経営
読売新聞社の渡辺恒雄が運営委員
岸信介元首相や園田直衆議院議員などの政界人
岡田茂三越会長などの財界人から各国の特命全権大使
長嶋茂雄や石原裕次郎、エリックやデヴィ、アラン・ドロンなどの著名人
ロッキード事件
アメリカの韓国系ロビイスト
東亜相互企業の経営不振
幽霊ビル
概要 [編集] 東亜相互企業 [編集]
レジャー開発などを手がける「東亜相互企業」を経営する、
暴力団「東声会」のトップとして知られた町井久之(本名は鄭建永)により、1966年に完成し
町井の自宅がおかれていた「東亜マンション」と同じ敷地内に「現代人の憩いと対話の場所を実現するため」
として建設され、1973年7月11日にオープンした。
建設資金は、東亜相互企業が韓国外換銀行の信用保証を受け、
日本不動産銀行(後の日本債券信用銀行、現在のあおぞら銀行)より
約54億の借款を受けることにより調達した(その内の21億円が建設関連費に回された)が、
最終的に建設費は建設会社に払われないままであったと伝えられている。
東声会 [編集]
なおTSK・CCCは、町井が自らの生業としていた「東声会」などの非合法活動から決別し、
「東亜相互企業会長」という
「表の社会の成功者」として振る舞うことを演出することを主な目的
として建設されたこともあり(フロント企業)、東声会構成員は、
TSK・CCCのオフィス棟に置かれていた東亜相互企業とそのグループ企業のオフィスに
出入りすることが固く禁じられていた。
「Celebrity Choice Club」 [編集]
元暴力団関係者が経営しているにもかかわらず、
オープニングレセプションは
読売新聞社の渡辺恒雄が運営委員を務め、
司会は後に参議院議員となる女優の山口淑子が勤めた。
さらにゲストとして
岸信介元首相や園田直衆議院議員などの政界人や、
岡田茂三越会長などの財界人から各国の特命全権大使までが駆けつけた[2]。
オープン後も、「Celebrity Choice Club(セレブリティーが選択するクラブ)」の名の通り、
長嶋茂雄や石原裕次郎、E・H・エリックやデヴィ・スカルノ、アラン・ドロンなどの著名人が
毎晩のように訪れるなどの盛況を見せた。
凋落 [編集]
しかし、町井の後見人的存在でありオフィス棟に事務所を置いていた児玉誉士夫が
「ロッキード事件」で1976年に逮捕された影響を受けて、
東亜相互企業が1977年6月に不渡りを出し倒産したこともあり、その最盛期は短かった。
また同時期には、
アメリカの韓国系ロビイストが関係した汚職事件の舞台として
TSK・CCCが使われていたとしてアメリカ議会の委員会から調査を受けるなど[2]、
不名誉な形で取り上げられることが増えたこともあり、急速に客足が遠のくことになる。
「幽霊ビル」 [編集]
その後はオーナーである町井の意向や東亜相互企業の経営不振もあり、
いくつかの店舗が閉鎖され、松尾和子やデヴィ・スカルノなどが経営する新しい店
と入れ替わるなどしたものの、以前の様な派手な展開は行なわれなくなった。
その上に、メンテナンスや改装があまり行われなかったことから、
バブル景気が崩壊した1990年代に入ると「幽霊ビル」と呼ばれるようになっていく。
生き延びてるのはナベツネ中曽根先生方々くらい?。
うむうむ
これは メッセージ 6085 (bmw750i さん)への返信です.
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