福沢諭吉曰く中国は無法律の国なり
投稿者: cs_champ007 投稿日時: 2012/07/14 10:48 投稿番号: [66 / 1501]
福沢諭吉
脱亜論
抜粋
我日本の国土は亜細亜の東辺に在りといえども、その国民の精神は既(すで)に
亜細亜の固陋(ころう)を脱して西洋の文明に移りたり。然(しか)るにここに不
幸なるは近隣に国あり、一を支那と云いえば支那の政府が古風の専制にして法
律の恃(たの)むべきものあらざれば、西洋の人は日本もまた無法律の国かと疑
い.支那人が卑屈にして恥を知らざれば、これらの事例を計(かぞう)れば枚挙
にいとまあらず。その古風旧慣に恋々(れんれん)するの情は百千年の古に異な
らず、この文明日新の活劇場に教育の事を論ずれば儒教主義(共産主義)と云
い、学校の教旨は仁義礼智(反日教育)と称し、一より十に至るまで外見の虚
飾のみを事として、その実
際に於ては真理原則の知見なきのみか、道徳さえ地を払うて残刻(ざんこく)不
廉恥(ふれんち)を極め、なお傲然(ごうぜん)として自省の念なき者の如(ごと)
し。
これを喩(た
と)えばこの隣軒を並べたる一村一町内の者共が、愚にして無法にして然(し)
かも残忍無情なるときは、稀(まれ)にその町村内の一家人が正当の人事に注意
するも、他の醜におおわれて埋没するものに異(こと)ならず。その影響の事実
に現われて、間接に我外交上の故障を成すことは実に少々ならず、我日本国の
一大不幸と云(い)うべし。
されば、今日の謀(はかりごと)を為すに、我国は隣国の開明を待て、共に亜
細亜を興(おこ)すの猶予(ゆうよ)あるべからず、むしろ、その伍を脱して西洋
の文明国と進退を共にし、その支那、朝鮮に接するの法も、隣国なるが故にと
て特別の会釈に及ばず、まさに西洋人がこれに接するの風に従て処分すべきの
み。悪友を親しむ者は、共に悪名を免(まぬ)かるべからず。我れは心に於て亜
細亜東方の悪友を謝絶するものなり。
これは メッセージ 1 (y_news_topics さん)への返信です.
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