国際裁判所に尖閣問題でテロ被害と訴える
投稿者: tyugoku306 投稿日時: 2012/10/02 15:12 投稿番号: [2540 / 5311]
国際司法裁判所に尖閣問題で国家テロによる破壊被害と訴える
日本政府が、尖閣諸島の領有の歴史上、国際法上の正当性について、国際社会および中国政府に対して各種言語で主張し、それに伴う具体的行動をし、国際司法裁判所に「中国との尖閣領土問題に絡み中国在住の日本企業等がテロの標的にされ破壊被害を受ける紛争になっている」と明確に訴えるのが最良。
<中国の主張根拠>
〇日本は日清戦争中に日本領に編入したので略奪したのも同様であり、1895年1月14日の日本領に編入宣言は無効だと主張。
<日本の主張根拠>
〇日清戦争に乗じて日本が侵略・奪取したと中国は主張するが、日清講和条約(下関条約)締結時の返還議題に乗らなかった事は1895年1月14日付の日本領に編入は正当性がある。
資料参照http://www.furuya-keiji.jp/images/nozomisenkaku.pdf
〇1885年から1895年の期間に無地主である事を確認した上で、1895年1月14日に日本領に編入の意思を示し日本領として占有・管理・居住した。
〇1403年に中国(明代)で著された『順風相送』という書物に釣魚台の文字が記されているが、尖閣諸島を中国が一度も管理した事実がなく支配の実行性がないので中国領と主張する根拠は成立しない。
尖閣諸島の履歴
1403年
明で著された『順風相送』という書物に釣魚台の文字がある。
1894年7月 日 日清戦争開始
1895年1月14日 日本領に編入(日清戦争中)
〇日本政府は、1885年から「いずれの国にも属していないことを確認したうえで尖閣諸島を沖縄県に編入した」
〇日本人が入植し、鰹節の製造、最盛期、同島には99戸、248人居住。
1895年3月19日 日清戦争終結
1895年4月17日 日清講和条約(下関条約)
1920年の中華民国の長崎駐在領事からの感謝状に「日本領土の尖閣諸島」と記述されている。
1940年から無人島
1945年に太平洋戦争終結
1951年から米軍の管理
1972年5月15日
沖縄(尖閣諸島含)の施政権がアメリカ合衆国から日本に返還
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