Re: 靖国参拝
投稿者: mirokuninoti 投稿日時: 2011/08/19 21:28 投稿番号: [3292 / 3422]
>勝った連合国がどの様な東京裁判をしようと勝手だが、日本は独自に、戦争責任者または戦争犯罪者と思われるA級戦犯の総括をすべきである。
お宅ももっと調べたら「海軍がどんなにひどいことしていたか」わかりますよ。
東条はスケープゴートだよ。
***
山本五十六の大罪 WILL 2008年8月号 「天地無用」
推 進
大東亜戦争が国民を悲惨な窮状に陥しいれた根本の真実が、今ようやく中川八洋(『山本五十六の大罪』)によって曝露されている。
良識派として偶像化されている米内光政が、実際に採った行動は以下の如くであった。
昭和12年、廬溝橋事件を引き起こした運命の一発が、毛沢東の軍隊による仕業であった事実は周知であろう。
しかしこの悪辣な罠を警戒した日本陸軍では1カ月後もなお不拡大派が主流であった。
しかるに8月10日の閣議で、海軍大臣米内光政は上海への出兵を強引に要請する。
8月12日、米内は首相近衛文麿の支援を得て二個師団出動を決めさせた。
それのみならず8月14日の閣議で米内大臣が「南京占領」を唱えている。
このとき外務大臣も陸軍大臣も反対した。
すなわち南京占領に至る上海戦を推進した筆頭が米内光政である。
興奮した米内は総理でもないのに8月15日午後7時半、「頑迷不戻(ふれい)な支那軍を膺懲(ようちょう=こらしめること)する」と、支那(チャイナ)への宣戦布告とも見倣し得るラジオ演説までした。
のち無駄な戦死者を増やすのみであった「特攻」作戦を裁下した高官5名の1人が米内光政であった事は否定できない事実である。
怯 懦
中川八洋の調査によれば、山本五十六の行動は奇怪きわまる。
彼が発案した真珠湾奇襲作戦は海軍部内の承認を得た検討の結果ではなく、及川古志郎海軍大臣に送った書簡一通によってのみ伝えられたにすぎない。
事実、山本が奇襲部隊の出撃を敢行したのは、ハル・ノートが日本側に手渡されるより以前であった。
この奇襲が何等の戦闘的実効をもたらさず、遂に米国の戦意を高めるのみに終わったのは申すまでもない。
そして日本の敗北を決定的にしたミッドウェー島攻略作戦の時機に山本は何処に居たか。
真珠湾の時と全く同じ、聯合艦隊の司令部を瀬戸内海に置き、戦艦「長門」「大和」「武蔵」と居を移しつつ、賭博好きの本性を顕してカードに耽り、将棋をさして優雅な生活を送っていた。
ミッドウェー海戦の大敗北のあと、その責任をとるどころか、日本国内に対して敗北を隠蔽するのに腐心する。
空母4隻から生還した第一級のパイロットたちをバラバラにして次々と遠方の前線に配属し、生証人が残らないように死線の境に送り込んで敗戦を帳消しにした。
欺 瞞
昭和19年、台湾沖航空戦の報道では、大本営海軍部の発表を丸呑みする各新聞によって次の如き戦果が謳いあげられた。
すなわち、撃沈は空母11隻/戦艦2隻/巡洋艦3隻、撃破は空母8隻/戦艦2隻/巡洋艦4隻、記録的な大勝利である。
しかし中川八洋の解明するところ実際は、米国の空母も戦艦も、1隻たりとも撃沈していない。
米国側で被弾大破したのは巡洋艦2隻のみであった。
これが日本海軍の戦闘機300機以上と、同数のパイロットを失った末の代償であった。
大本営の嘘もすでに極限に達していたのである。
海軍は昭和天皇と国民を終始欺き通した。
陸軍は海軍が公言したこの虚偽戦果に基づいてレイテ島作戦を立てた。
その結果は8万人部隊の97%以上の戦死者を出した史上空前の全滅である。
これらの悲劇を生んだ嘘の提造はすべて大本営海軍部の画策であった。
戦後、旧海軍の連中が記述した内容が虚偽とねつ造に満ちている実態を中川八洋はごっそり調べた結果を要約し、それらが ことごとく嘘と脆弁によって構成されている内幕が実証された。
これら綿密な証明に接すれば、誰でもが寒疣(さむいぼ)の立つ思いを味わうであろう。
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お宅ももっと調べたら「海軍がどんなにひどいことしていたか」わかりますよ。
東条はスケープゴートだよ。
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山本五十六の大罪 WILL 2008年8月号 「天地無用」
推 進
大東亜戦争が国民を悲惨な窮状に陥しいれた根本の真実が、今ようやく中川八洋(『山本五十六の大罪』)によって曝露されている。
良識派として偶像化されている米内光政が、実際に採った行動は以下の如くであった。
昭和12年、廬溝橋事件を引き起こした運命の一発が、毛沢東の軍隊による仕業であった事実は周知であろう。
しかしこの悪辣な罠を警戒した日本陸軍では1カ月後もなお不拡大派が主流であった。
しかるに8月10日の閣議で、海軍大臣米内光政は上海への出兵を強引に要請する。
8月12日、米内は首相近衛文麿の支援を得て二個師団出動を決めさせた。
それのみならず8月14日の閣議で米内大臣が「南京占領」を唱えている。
このとき外務大臣も陸軍大臣も反対した。
すなわち南京占領に至る上海戦を推進した筆頭が米内光政である。
興奮した米内は総理でもないのに8月15日午後7時半、「頑迷不戻(ふれい)な支那軍を膺懲(ようちょう=こらしめること)する」と、支那(チャイナ)への宣戦布告とも見倣し得るラジオ演説までした。
のち無駄な戦死者を増やすのみであった「特攻」作戦を裁下した高官5名の1人が米内光政であった事は否定できない事実である。
怯 懦
中川八洋の調査によれば、山本五十六の行動は奇怪きわまる。
彼が発案した真珠湾奇襲作戦は海軍部内の承認を得た検討の結果ではなく、及川古志郎海軍大臣に送った書簡一通によってのみ伝えられたにすぎない。
事実、山本が奇襲部隊の出撃を敢行したのは、ハル・ノートが日本側に手渡されるより以前であった。
この奇襲が何等の戦闘的実効をもたらさず、遂に米国の戦意を高めるのみに終わったのは申すまでもない。
そして日本の敗北を決定的にしたミッドウェー島攻略作戦の時機に山本は何処に居たか。
真珠湾の時と全く同じ、聯合艦隊の司令部を瀬戸内海に置き、戦艦「長門」「大和」「武蔵」と居を移しつつ、賭博好きの本性を顕してカードに耽り、将棋をさして優雅な生活を送っていた。
ミッドウェー海戦の大敗北のあと、その責任をとるどころか、日本国内に対して敗北を隠蔽するのに腐心する。
空母4隻から生還した第一級のパイロットたちをバラバラにして次々と遠方の前線に配属し、生証人が残らないように死線の境に送り込んで敗戦を帳消しにした。
欺 瞞
昭和19年、台湾沖航空戦の報道では、大本営海軍部の発表を丸呑みする各新聞によって次の如き戦果が謳いあげられた。
すなわち、撃沈は空母11隻/戦艦2隻/巡洋艦3隻、撃破は空母8隻/戦艦2隻/巡洋艦4隻、記録的な大勝利である。
しかし中川八洋の解明するところ実際は、米国の空母も戦艦も、1隻たりとも撃沈していない。
米国側で被弾大破したのは巡洋艦2隻のみであった。
これが日本海軍の戦闘機300機以上と、同数のパイロットを失った末の代償であった。
大本営の嘘もすでに極限に達していたのである。
海軍は昭和天皇と国民を終始欺き通した。
陸軍は海軍が公言したこの虚偽戦果に基づいてレイテ島作戦を立てた。
その結果は8万人部隊の97%以上の戦死者を出した史上空前の全滅である。
これらの悲劇を生んだ嘘の提造はすべて大本営海軍部の画策であった。
戦後、旧海軍の連中が記述した内容が虚偽とねつ造に満ちている実態を中川八洋はごっそり調べた結果を要約し、それらが ことごとく嘘と脆弁によって構成されている内幕が実証された。
これら綿密な証明に接すれば、誰でもが寒疣(さむいぼ)の立つ思いを味わうであろう。
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これは メッセージ 2609 (chutaronoichibun さん)への返信です.
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