Re: 歴史を捏造する在日w
投稿者: senrigoma 投稿日時: 2010/12/13 06:35 投稿番号: [478 / 1326]
沖縄県民には本土の人間が何か嫌なものを自分たちに押し付けてるって感覚しか持てない人が多いんだよね。
沖縄に基地を置く理由の本質は何か?ってことがわかっていない。
先の戦争でも内地では硫黄島などの離島を除けば沖縄が唯一の地上戦の舞台となったことなども、本土の犠牲になったというような感覚がどうしても付き纏うんだ。
たしかに連合軍の最終目標は、本土決戦を視野に入れてたかどうかは別として、首都東京の陥落にあったことは当然だけど、沖縄を占領することが大きな目的の一つだったことは想像に難くない。
米国は日本との戦局がどうあれ沖縄自体を欲して狙いを定めていた。それは黒船来航以来ずっとだ。ペリーは日本来航前に琉球に立ち寄り、極東への侵略と貿易の拠点として琉球に強い関心を示している。
そして今も侵略を戦略に言い換えるぐらいで、米国から見た沖縄の地政学的重要性は変わっていない。
つまり、沖縄に米軍基地があるのは本土が押し付けているからではない。仮に沖縄が日本から独立したとすれば、沖縄を獲りに行くのは中国のみではなく、米国との奪い合いになるだろう。もちろんあからさまな侵略は国際世論が許さないだろうが、こじつけの大義名分でほぼ傀儡に近いぐらいの干渉が始まるに決まっている。
要は沖縄県民は日本、米国、中国のどこに属したいのか?ということだけど、結局は日本であって、米国や中国に属することを望む者なんてそうはいないだろう。
にもかかわらず、なぜここまで沖縄県民と他の日本国民の意識に差があるのか?
語弊を恐れずに言えば、根底にあるのは民族の問題。琉球民族、あるいは琉球人と大和民族、本土人の意識の温度差だと思う。
他県の者からすれば(私も他県だが)自分たちも沖縄県民も同じ日本人であり、特別な意識などないのが普通だ。
だが沖縄の地元民は他県を普通に本土と呼ぶ。沖縄の地元民にすればやはり他県との間にちょっとした壁を感じるのだろう。
ひょっとして沖縄の若者には「そんなことはない」と怒られるかも知れない。しかし、無意識のうちかもしれないが、若い人にもその壁が存在するはずだ。もちろん、はっきりとそれを自覚している若者も大勢いる。
明治5年、それまで薩摩藩の付庸国であった琉球王国は琉球藩となり、明治12年に鹿児島県に編入後、沖縄県として設置された。清国との間で帰属問題が係争されたが、明治28年の日清戦争の勝利によって国際社会の承認も得た。
いずれにしても少し遅れて大日本帝国の民となった分、琉球の人たちの日本人たらんとする意識は独自の強さを持っていたように思う。
その強さが後の対米戦における沖縄での一般の民間人に至るまでの国家に対する献身的とも言える忠誠心につながったのではないだろうか。
とにかく沖縄の人たちは国に尽くし、良く戦ってくれた。今、問題視されている集団自決にしても、自分たちも誇りある大日本帝国の国民であり、その名に恥じぬようという強い意志の表れだと思う。
ところが、戦争が終わってみれば自分たちだけが米国に支配されたまま置いてけぼりにされ、本土人には関知できない米国人からの不当な差別に耐え、やっと日本に復帰を果たしたかと思えば、本土人の態度は思いのほか冷淡だった。
基地問題にも無関心で、邪魔な基地など沖縄に押し付けて置けば良いと言わんばかりの態度に映るのだろう。いや、実際にそういう考えの者が多いということは、先の首長会議に臨んだ、あるいは臨まなかった各都道府県知事の態度や発言にも如実に表れている。
米兵による婦女子への暴行事件に対する沖縄県民の怒りが全県挙げての怒りになるのも、他県の者にあまり知られていない米国統治下の沖縄の悲劇とリンクすることを思えば至極当然だが、他県の者にそこまではなかなか思い浮かばない。
これらのことから沖縄県民が本土の人間に対してある種の疎外感や薄情さを感じたとしても誰も責められるものではないが、断じて許せないのはその沖縄県民の気持ちに付け込み、自分たちの道具として利用している汚らわしい左翼である。こいつらだけは許してなるものか。
それを思うと一刻も早く憲法を改正し、創設した日本国軍の手で沖縄を守れる社会を作りたいものだ。
在日米軍と同規模以上の国軍兵士が駐屯すれば沖縄経済にもダメージはないだろう。
日本人が命を懸けて日本の領土である沖縄とそこに住み暮らす同胞の平和と安全を守り、発展に寄与する。それが日本に忠義の限りを尽くしてくれた沖縄県民の父祖に対する恩返しであり、日本人の義務だと思う。
沖縄に基地を置く理由の本質は何か?ってことがわかっていない。
先の戦争でも内地では硫黄島などの離島を除けば沖縄が唯一の地上戦の舞台となったことなども、本土の犠牲になったというような感覚がどうしても付き纏うんだ。
たしかに連合軍の最終目標は、本土決戦を視野に入れてたかどうかは別として、首都東京の陥落にあったことは当然だけど、沖縄を占領することが大きな目的の一つだったことは想像に難くない。
米国は日本との戦局がどうあれ沖縄自体を欲して狙いを定めていた。それは黒船来航以来ずっとだ。ペリーは日本来航前に琉球に立ち寄り、極東への侵略と貿易の拠点として琉球に強い関心を示している。
そして今も侵略を戦略に言い換えるぐらいで、米国から見た沖縄の地政学的重要性は変わっていない。
つまり、沖縄に米軍基地があるのは本土が押し付けているからではない。仮に沖縄が日本から独立したとすれば、沖縄を獲りに行くのは中国のみではなく、米国との奪い合いになるだろう。もちろんあからさまな侵略は国際世論が許さないだろうが、こじつけの大義名分でほぼ傀儡に近いぐらいの干渉が始まるに決まっている。
要は沖縄県民は日本、米国、中国のどこに属したいのか?ということだけど、結局は日本であって、米国や中国に属することを望む者なんてそうはいないだろう。
にもかかわらず、なぜここまで沖縄県民と他の日本国民の意識に差があるのか?
語弊を恐れずに言えば、根底にあるのは民族の問題。琉球民族、あるいは琉球人と大和民族、本土人の意識の温度差だと思う。
他県の者からすれば(私も他県だが)自分たちも沖縄県民も同じ日本人であり、特別な意識などないのが普通だ。
だが沖縄の地元民は他県を普通に本土と呼ぶ。沖縄の地元民にすればやはり他県との間にちょっとした壁を感じるのだろう。
ひょっとして沖縄の若者には「そんなことはない」と怒られるかも知れない。しかし、無意識のうちかもしれないが、若い人にもその壁が存在するはずだ。もちろん、はっきりとそれを自覚している若者も大勢いる。
明治5年、それまで薩摩藩の付庸国であった琉球王国は琉球藩となり、明治12年に鹿児島県に編入後、沖縄県として設置された。清国との間で帰属問題が係争されたが、明治28年の日清戦争の勝利によって国際社会の承認も得た。
いずれにしても少し遅れて大日本帝国の民となった分、琉球の人たちの日本人たらんとする意識は独自の強さを持っていたように思う。
その強さが後の対米戦における沖縄での一般の民間人に至るまでの国家に対する献身的とも言える忠誠心につながったのではないだろうか。
とにかく沖縄の人たちは国に尽くし、良く戦ってくれた。今、問題視されている集団自決にしても、自分たちも誇りある大日本帝国の国民であり、その名に恥じぬようという強い意志の表れだと思う。
ところが、戦争が終わってみれば自分たちだけが米国に支配されたまま置いてけぼりにされ、本土人には関知できない米国人からの不当な差別に耐え、やっと日本に復帰を果たしたかと思えば、本土人の態度は思いのほか冷淡だった。
基地問題にも無関心で、邪魔な基地など沖縄に押し付けて置けば良いと言わんばかりの態度に映るのだろう。いや、実際にそういう考えの者が多いということは、先の首長会議に臨んだ、あるいは臨まなかった各都道府県知事の態度や発言にも如実に表れている。
米兵による婦女子への暴行事件に対する沖縄県民の怒りが全県挙げての怒りになるのも、他県の者にあまり知られていない米国統治下の沖縄の悲劇とリンクすることを思えば至極当然だが、他県の者にそこまではなかなか思い浮かばない。
これらのことから沖縄県民が本土の人間に対してある種の疎外感や薄情さを感じたとしても誰も責められるものではないが、断じて許せないのはその沖縄県民の気持ちに付け込み、自分たちの道具として利用している汚らわしい左翼である。こいつらだけは許してなるものか。
それを思うと一刻も早く憲法を改正し、創設した日本国軍の手で沖縄を守れる社会を作りたいものだ。
在日米軍と同規模以上の国軍兵士が駐屯すれば沖縄経済にもダメージはないだろう。
日本人が命を懸けて日本の領土である沖縄とそこに住み暮らす同胞の平和と安全を守り、発展に寄与する。それが日本に忠義の限りを尽くしてくれた沖縄県民の父祖に対する恩返しであり、日本人の義務だと思う。
これは メッセージ 450 (negiboouzu さん)への返信です.
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