Re: 「製造業原理主義」を捨てよ
投稿者: quantum1021 投稿日時: 2010/11/07 09:12 投稿番号: [6150 / 17704]
「のど元過ぎれば…」とはよく言ったものである。リーマン以後の輸出不振で、日本経済がひん死の状態になったのはそんなに前のことだっただろうか。
輸出依存は日本経済の「宿痾」である。GDPの2割程度の経済が全体を振り回すのは「(農業人口)1.5%が残りを犠牲にする」のと同様に異常である。「尻尾が体を振り回す」点では同じだからだ。しかも、輸出は海外の経済状態に左右される程度がはなはだしい。自国の努力ではどうにもならない経済要素に国運をゆだねるのは、全く風任せ運任せの所業であり、無責任な思考停止である。
にもかかわらず、こうした輸出への狂信が根強いのは、輸出を支える製造業への盲信、いわば「製造業至上主義」「製造業原理主義」がこの国を覆っているからである。マスコミなどの宣伝のよろしきを得て、「モノ作り国家」なる妖怪が巷を徘徊している。極端な経済変動の起因となっても、かつまた製造業派遣など数々の非道な矛盾をさらけだしながらも、国民はいまだこの幻想から覚めようとしない。企業が国を選ぶという。つまり裏切り者である製造業はもはや国民を豊かにも幸せにもしないのである。
一方、日本経済の喫緊の課題は、内需の厚みを増すことを通じ成長し、外性ショックへの耐性を高めることである。内需産業を活性化し成長の柱とすること。これ以外に日本経済を未来に導く方策はない。その柱は観光、福祉、医療、教育やその他のサービス業であり、農業である。それを支える存在としての製造業ならば歓迎するが、輸出産業のプレゼンズの過剰は「邪魔」なだけである。
その点において、TPP参加はむしろ時代錯誤的な判断といえるだろう。外性ショックに脆弱な我が国経済を、今まで以上に脆弱にするからである。景気のいい時はそれは左うちわであろう。だが、ひとたび海外経済がか下方に屈曲した時に、どのような惨状を呈するのか、国民はもう忘れてしまったのだろうか。しかも、頼みの輸出先も「バブル経済」の状態であるという。バブルならばいつはじけてもおかしくはない。まさに累卵の危機というべきなのだが、輸出原理主義者どもはそんなことには無頓着に見える。彼らは、アメリカ経済がバブルに踊っていたときにも、その崩壊と日本経済への影響を危惧する良識ある注意喚起をまったく無視していた。この分では、同じ過ちを繰り返すのは火を見るより明らかである。非常な危機感を覚えずにはいられない。
国内に農業が残っていれば、少なくとも国民が食物がなく飢えて死ぬことはないだろう。だが、農業が死に製造業が生き残ったとして、国民は自動車や液晶パネルを喰らって生き延びることができるのか?そのような世の中になったとき、製造業原理主義者たちはいったいどのようにして責任を取るのだろうか。あるいは、工場を海外に移すように、とっととこの国から逃げ出すのだろうか。
輸出依存は日本経済の「宿痾」である。GDPの2割程度の経済が全体を振り回すのは「(農業人口)1.5%が残りを犠牲にする」のと同様に異常である。「尻尾が体を振り回す」点では同じだからだ。しかも、輸出は海外の経済状態に左右される程度がはなはだしい。自国の努力ではどうにもならない経済要素に国運をゆだねるのは、全く風任せ運任せの所業であり、無責任な思考停止である。
にもかかわらず、こうした輸出への狂信が根強いのは、輸出を支える製造業への盲信、いわば「製造業至上主義」「製造業原理主義」がこの国を覆っているからである。マスコミなどの宣伝のよろしきを得て、「モノ作り国家」なる妖怪が巷を徘徊している。極端な経済変動の起因となっても、かつまた製造業派遣など数々の非道な矛盾をさらけだしながらも、国民はいまだこの幻想から覚めようとしない。企業が国を選ぶという。つまり裏切り者である製造業はもはや国民を豊かにも幸せにもしないのである。
一方、日本経済の喫緊の課題は、内需の厚みを増すことを通じ成長し、外性ショックへの耐性を高めることである。内需産業を活性化し成長の柱とすること。これ以外に日本経済を未来に導く方策はない。その柱は観光、福祉、医療、教育やその他のサービス業であり、農業である。それを支える存在としての製造業ならば歓迎するが、輸出産業のプレゼンズの過剰は「邪魔」なだけである。
その点において、TPP参加はむしろ時代錯誤的な判断といえるだろう。外性ショックに脆弱な我が国経済を、今まで以上に脆弱にするからである。景気のいい時はそれは左うちわであろう。だが、ひとたび海外経済がか下方に屈曲した時に、どのような惨状を呈するのか、国民はもう忘れてしまったのだろうか。しかも、頼みの輸出先も「バブル経済」の状態であるという。バブルならばいつはじけてもおかしくはない。まさに累卵の危機というべきなのだが、輸出原理主義者どもはそんなことには無頓着に見える。彼らは、アメリカ経済がバブルに踊っていたときにも、その崩壊と日本経済への影響を危惧する良識ある注意喚起をまったく無視していた。この分では、同じ過ちを繰り返すのは火を見るより明らかである。非常な危機感を覚えずにはいられない。
国内に農業が残っていれば、少なくとも国民が食物がなく飢えて死ぬことはないだろう。だが、農業が死に製造業が生き残ったとして、国民は自動車や液晶パネルを喰らって生き延びることができるのか?そのような世の中になったとき、製造業原理主義者たちはいったいどのようにして責任を取るのだろうか。あるいは、工場を海外に移すように、とっととこの国から逃げ出すのだろうか。
これは メッセージ 1 (y_news_topics さん)への返信です.
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