そもそも、伸晃氏が候補には、長老の
投稿者: kekoumask 投稿日時: 2012/09/12 15:28 投稿番号: [372 / 7143]
野田に「近いうちに」と言われて納得した時点で谷垣の器と、先見の明の無さが分かった。
石原は総理総裁になる器ではないが、派閥政治を復活させようと企む派閥の長老たちにとって、最高の操り人形が伸晃だった。
財務省にとって操り人形の最適人物だったのは野田と安住だった。
谷垣を切り捨てた古賀派の古賀会長(利権政治屋の権化たる存在)。
自民党は未だに青木の支配が続いているという。
わが身を振り返れ(首相時代)ば恥ずかしくて物言えない筈の森元総理がおかしいことに大きな実権を握っている。
この森元首相から辿れば、青木が陰で院政を行っている理由が理解できる。
小渕恵三首相が亡くなる時、その病室に居た青木は、小渕恵三首相が後継は「森」で頼むと(青木一人だけが聞いた)口にしたと言い、森喜朗本人、青木幹雄、村上正邦、野中広務、亀井静香の5人で森首相を決めてしまった。
森が首相になった後、辞める頃の毎晩の高級寿司店通いまで、あきれて見ていたが。
これ以来、森は青木に逆らうことが出来なくなった。
石原伸晃総裁は青木の強い要請と見る。
小渕〜森に禅譲したと言われ、その遺言が利用されたいきさつは、
2000年4月5日、3日前に脳梗塞で倒れ緊急入院した小渕恵三首相の後を継ぐ形で内閣総理大臣に就任した。清和会議員の総理総裁就任は福田赳夫以来22年ぶりであった。このときの連立与党は自民党、公明党、保守党であり、メディア等では「自公保」と略称した。
森の首相就任は、当時の自民党有力議員5人(森喜朗本人、青木幹雄、村上正邦、野中広務、亀井静香)が密室で談合して決めたのではないかと疑惑を持たれている。
青木が聞いたと言う、真偽不明の小渕恵三首相の「森」へと言う言葉。
いまだに強い疑問を持っている。
信念も理念も無く、ただ首相の肩書が欲しいだけに見える伸晃。
長老支配を復活させればこの国が何十年後退するか、考えて欲しいものだ。
赤坂・新橋の高級料亭は喜ぶだろうが。
そんな自民党には投票したくない。
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