そろそろ資料で論争したら?
投稿者: tea_picking_nitarinov 投稿日時: 2003/06/07 18:43 投稿番号: [9509 / 28311]
1940年2月11日朝鮮では創氏改名の届出がはじまりました。
「神武天皇が即位して2600年目にあたる輝かしい日に、天皇のあたたかい思し召しによって朝鮮人も日本式の氏を与えることが許された」とされました。
新聞などをつかって大々的に宣伝し、紀元節の休日を返上して全朝鮮の役所が受け付けましたが、この日の届出はたったの四八件しかありませんでした。」
(中略)
「届出期間の半分にあたる五月末になっても7.6%しか届解けでが無い状況でした。
届出がない理由はいくつもありました。将来朝鮮が独立すればまたもとにもどすだろうから、いたずらに届け出ることはないとした人もいました。
また、創氏は由緒ある家柄のわれらとして先祖にもうしわけない、はなはだ苦痛であるとした両班の人びともいました。パクチニョンという人は創氏を拒みましたが、子供の進級をさせないと当局がおどかしたために、創氏をしたあと自殺してしまったといいます。
総督府はこのころから総力をあげて届出を強いていきました。たとえば、創氏改名をしないものの子弟は学校に入学させないとか、日本人教師たちは創氏しない児童に対して叱責や殴打をして、父母にむりやり創氏するように強制したりしました。また創氏しない者は不逞鮮人として警察が尾行するなどし、食料その他の配給をしなかった場合もありました。
こうして、1940年の8月末にはおよそ80%の人びとが創氏改名の届出をしました。
「これならわかる韓国・朝鮮の歴史」
三橋広夫著
大月書店。
・・・・・・・・・
時あたかも、太平洋戦争目前、既に国家総動員法も施行され、戦時色に覆われようとする時節に、敢えて「陛下の思し召し」に逆らって創氏をしないと言う事は、即、非国民=不貞鮮人と謗られ、迫害されたであろう事は容易に想像できるね〜。
これは メッセージ 9501 (kokogalodosu さん)への返信です.
固定リンク:https://yarchive.emmanuelc.dix.asia/1835563/5bdbva4hfha1a4c0a4ia41a4ndabffcbf7j9a4r8a1beza47a4ha4a6a1aa_1/9509.html