漫才並の楽しい解説者、田岡俊
投稿者: rykutukgi 投稿日時: 2003/04/13 03:55 投稿番号: [7995 / 28311]
今回のイラク戦争で普段は目にすることのない解説者が表舞台に出てきました。そうした中で、何とも不思議な解説をするひとが、朝日新聞の田岡俊次です。この人は、軍事部門の専門解説者のようですが、一本抜けているようで、突拍子もない解説をします。北朝鮮不審船の際も、目が点になる解説をしていました。
■朝日(2001年12月23日朝刊14版、26面中ほど)
●公海で追跡始め射撃、紛議になる可能性も 田岡俊次
「今回は奄美大島の北西240キロの公海上で追跡が始まり、日本側が先に射撃を開始し、沈没させたため紛議になる可能性もある。」
「相手国がどこの国か分からないが、『公海上を航行中の船舶に日本の公船が先に射撃を加えた』と非難してくることもありうるからだ。」
「少しでも多くの相手の乗員や証拠品を確保することが次善の策と思われる。」
見つかったら、ロケット砲撃を行い、捕まりそうになったら自爆するような船の所有国が自国の船だと名乗り出てくることを前提に解説をしていました。テレビでも同じ事をしゃべり、伸介から「そんな国が名乗り出てくるでしょうかね」と一言、言われて黙り込んでしまうという、吉本漫才並みのボケ具合に引きつけられる読者は少なくないでしょう。
今回のイラク攻撃でも、読者が一瞬自分を見失ってしまうよな、楽しい解説をしてくれていました。
■朝日(3月21日朝刊)
●私はこう見る−本格的開戦とは別の「暗殺攻撃」 田岡俊次
開戦直後の解説で、最初のミサイル発射が本アック攻撃とは別のもので、フセインを目標にした特別のものだと解説しています。しかし、このような事は、改めて田岡俊次の指摘を受けるまでもなく、米軍も発表している内容でした。しかし、田岡俊次はこの点を強調したいらしく、次のようなコメントをしています。
「米とイラク双方の大統領が開戦用に用意した声明をこの攻撃後に出したから、この日を開戦日としても誤りではないが、本格的な戦争が始まるのは嵐が去った後だ。」
一瞬何が言いたいのか戸惑ってしまう文章です。文章前後関係から判断するに、田岡俊次の意図は「本格的な攻撃はこの後なので、最初のミサイル攻撃の日(20日)ではなく、開戦日は本格的な攻撃開始日(21日)がふさわしい」と言いたかったようです。しかし、考えてみてください。20日の時点で40発のミサイルがイラクに撃ち込まれているのです。21日から地上戦を含めた本格的な攻撃が始まりましたが、21日を開戦日とするにはあまりに無理があります。その意味で、「この日(20日)を開戦日としても誤りではないが」というのは、無茶な理屈です。20日は本格攻撃の日でないという、自分の持論(持論と言うほどでもないかも、他でも解説されているので)を強調したいがために、開戦日まで変えてしまおうという、読者に笑みを与える楽しい解説でした。
■朝日(3月25日朝刊)
●私はこう見る−米英の楽観覆す「ゲリラ戦」に 田岡俊次
「米軍の弱点である長くのびた補給路に対して待ち伏せ攻撃を掛け、戦闘はゲリラ戦の様相を示し始めた。」
「米英の作戦計画は、イラク正規軍は式が低くすぐに降伏するはず、民衆は米英の『解放軍』を歓迎するはずだ、という楽観的判断に基づいている。」
「米英軍は、どの国でも外国軍の親交に対しては軍は戦い、民衆も自国軍を支援する、という常識に戻って作戦を考え直さねばなるまい。」
「『アウエー』でのクエートでもろかったイラク軍も『ホーム』での戦意が違って当然なのだ。」
この解説は特定箇所が楽しいというのではなく、結果として、見事に解説内容がはずれたという点で楽しむことができます。結局ゲリラ戦もほとんど起こりませんでしたし、イラク軍の戦意もミサイルの前に砕けて無くなってしまいました。朝日と読むと民衆が米英軍を歓迎したという情報は現時点でもそれほど多くは載りませんが、読売ではイラク民衆が米英軍を歓迎する写真が多く掲載されています。いずれにせよ、結果として民衆が米英軍を敵として戦い、自国軍を支援しなかったことだけは確かです。そういった意味で、この解説は、一つの事象だけに影響され、見事に実際とは180度逆の状況分析をしてしまっているのです。
戦争を多面的に解説する朝日新聞、単なる事実の列挙ではなく、お笑いを交える心の余裕が読者を引きつける理由でしょう。持論への固執と無茶な解説、見事にはずした状況分でき、読売も紙面を楽しくするためには、田岡俊次のように個性的な解説者を採用するべきかもしれません。
■朝日(2001年12月23日朝刊14版、26面中ほど)
●公海で追跡始め射撃、紛議になる可能性も 田岡俊次
「今回は奄美大島の北西240キロの公海上で追跡が始まり、日本側が先に射撃を開始し、沈没させたため紛議になる可能性もある。」
「相手国がどこの国か分からないが、『公海上を航行中の船舶に日本の公船が先に射撃を加えた』と非難してくることもありうるからだ。」
「少しでも多くの相手の乗員や証拠品を確保することが次善の策と思われる。」
見つかったら、ロケット砲撃を行い、捕まりそうになったら自爆するような船の所有国が自国の船だと名乗り出てくることを前提に解説をしていました。テレビでも同じ事をしゃべり、伸介から「そんな国が名乗り出てくるでしょうかね」と一言、言われて黙り込んでしまうという、吉本漫才並みのボケ具合に引きつけられる読者は少なくないでしょう。
今回のイラク攻撃でも、読者が一瞬自分を見失ってしまうよな、楽しい解説をしてくれていました。
■朝日(3月21日朝刊)
●私はこう見る−本格的開戦とは別の「暗殺攻撃」 田岡俊次
開戦直後の解説で、最初のミサイル発射が本アック攻撃とは別のもので、フセインを目標にした特別のものだと解説しています。しかし、このような事は、改めて田岡俊次の指摘を受けるまでもなく、米軍も発表している内容でした。しかし、田岡俊次はこの点を強調したいらしく、次のようなコメントをしています。
「米とイラク双方の大統領が開戦用に用意した声明をこの攻撃後に出したから、この日を開戦日としても誤りではないが、本格的な戦争が始まるのは嵐が去った後だ。」
一瞬何が言いたいのか戸惑ってしまう文章です。文章前後関係から判断するに、田岡俊次の意図は「本格的な攻撃はこの後なので、最初のミサイル攻撃の日(20日)ではなく、開戦日は本格的な攻撃開始日(21日)がふさわしい」と言いたかったようです。しかし、考えてみてください。20日の時点で40発のミサイルがイラクに撃ち込まれているのです。21日から地上戦を含めた本格的な攻撃が始まりましたが、21日を開戦日とするにはあまりに無理があります。その意味で、「この日(20日)を開戦日としても誤りではないが」というのは、無茶な理屈です。20日は本格攻撃の日でないという、自分の持論(持論と言うほどでもないかも、他でも解説されているので)を強調したいがために、開戦日まで変えてしまおうという、読者に笑みを与える楽しい解説でした。
■朝日(3月25日朝刊)
●私はこう見る−米英の楽観覆す「ゲリラ戦」に 田岡俊次
「米軍の弱点である長くのびた補給路に対して待ち伏せ攻撃を掛け、戦闘はゲリラ戦の様相を示し始めた。」
「米英の作戦計画は、イラク正規軍は式が低くすぐに降伏するはず、民衆は米英の『解放軍』を歓迎するはずだ、という楽観的判断に基づいている。」
「米英軍は、どの国でも外国軍の親交に対しては軍は戦い、民衆も自国軍を支援する、という常識に戻って作戦を考え直さねばなるまい。」
「『アウエー』でのクエートでもろかったイラク軍も『ホーム』での戦意が違って当然なのだ。」
この解説は特定箇所が楽しいというのではなく、結果として、見事に解説内容がはずれたという点で楽しむことができます。結局ゲリラ戦もほとんど起こりませんでしたし、イラク軍の戦意もミサイルの前に砕けて無くなってしまいました。朝日と読むと民衆が米英軍を歓迎したという情報は現時点でもそれほど多くは載りませんが、読売ではイラク民衆が米英軍を歓迎する写真が多く掲載されています。いずれにせよ、結果として民衆が米英軍を敵として戦い、自国軍を支援しなかったことだけは確かです。そういった意味で、この解説は、一つの事象だけに影響され、見事に実際とは180度逆の状況分析をしてしまっているのです。
戦争を多面的に解説する朝日新聞、単なる事実の列挙ではなく、お笑いを交える心の余裕が読者を引きつける理由でしょう。持論への固執と無茶な解説、見事にはずした状況分でき、読売も紙面を楽しくするためには、田岡俊次のように個性的な解説者を採用するべきかもしれません。
これは メッセージ 1 (gesogeso1032 さん)への返信です.