ここにもアホがいたね
投稿者: zombie_pps 投稿日時: 2003/03/21 09:44 投稿番号: [7689 / 28311]
ブッシュが言い出したことなんだよ。
朝日しか読まないアホには知識がないんだろーがね(藁
「毎日新聞」
「ブッシュは大した男じゃない」
--------------------------------------------------------------------------------
とにもかくにも2003年、ブッシュ・プロブレムである。
この大統領の息づかいが日々気になる。そう思って暮らしている人々が世界に何億人いるのだろうか。ブッシュさんがヘリから降り立ち、右手をひょいとあげる。敬礼もどきのあいさつは見慣れた光景になった。
(中略)
では、おまえはどうなのか、と詰問されそうだが、私は教養人と非教養人の中間ぐらいか、と自らを位置づけている。教養人らしい人に巡り合うと、面白くはないが安息できる。非教養人に会うと、面白いが落ち着かない。
ブッシュさんに会ったことはないが、世界中のイメージはほぼ定着したとみてよさそうだ。私は外務省の某高官と私的な雑談をしたときに、こう聞いてみた。
「アメリカの大統領がブッシュでなければ、九・一一(〇一年の同時多発テロ)はなかったと思っていますか」
そうだ、と某高官は声に出さずにうなずいた。やっぱりそうなのか。そう思っていない高官も当然いるだろうし、証明しにくい問題だが、とにかくブッシュ・プロブレムなのである。
九・一一テロのあと、ブッシュさんは側近に、
「私は神から試練を与えられた。悪から米国を守ることこそ神のおぼしめしだ」
などと話したという。ブッシュさんにとって、神とは何を意味するのだろうか。『毎日新聞』の杉尾直哉記者のリポート(一月四日付)によると、父親が大統領だったとき、ホワイトハウスを訪れたブッシュさんは、母親のバーバラさんと宗教論争になったという。
「キリスト教徒だけが天国に行ける。聖書に書いてある」
と言い張るブッシュさんに対し、バーバラさんは、
「神はほかの人も受け入れる」
と譲らず、歴代大統領と親交のあったテレビ伝道師、ビル・グラハム師を電話に呼び出して、審判を求めた。グラハム師は、
「(人の運命を決める)神になろうとでも言うのですか」
と二人をたしなめたという。
この逸話、ブッシュ理解のヒントになりそうだ。九・一一の直後、ブッシュさんはテロリストとの戦いに〈クルセード〉(十字軍)という言葉を使って、イスラム世界のひんしゅくを買ったことがあった。十字軍は十一世紀から十三世紀にかけ、ヨーロッパのキリスト教徒が聖地エルサレム奪還のため送りだした遠征軍のことだ。これと戦ったイスラム世界は〈十字〉という言葉を極端に嫌うが、あえて使う。
キリスト教的使命感が、ブッシュさんには色濃い。
「我々は自由社会、民主主義のリーダーとしてテロと戦っている」
と言うが、この建前の裏に、キリスト教の選民意識がにおうのだ。
特権的な使命感と
高慢な体質が怖い
反テロ戦争から極力宗教色を抜き、国際的な協調を固めなければならないときに、ブッシュさんは不用意であり、思慮に欠ける。私たち日本人は二十一世紀の新十字軍に参加するわけにはいかない。
また、ブッシュさんの発言では〈悪〉がしょっちゅう使われる。
「悪から米国を守ることこそ神のおぼしめしだ」
という先の言い方もそうだが、昨年一月の一般教書演説で〈悪の枢軸〉という新語が登場し、イラク、イラン、北朝鮮三カ国が名指しされ、〈悪〉が具体的になった。
しかし、それも、『毎日新聞』の報道(昨年十二月三十日付)によると、草稿に北朝鮮は入っていなかったのに、最後にブッシュさんが書き加えたという。
(中略)
正面に開戦秒読みのイラク、背後に挑発に踏み込む北朝鮮という複雑な構図になってくると、ブッシュ、フセイン大統領、金正日の三者が繰り広げる微妙な心理ゲームが状況を左右しかねない。指導者の練度や腹の据え方が決定的に試される。
第二次大戦の末期、トルーマン米大統領はすでに軍事力で断末魔状態だった日本に、
〈外交手段によらず、原子爆弾でトドメを刺す〉
と考え、投下を決定した。軍事的に原爆使用の必要性はなかったのだが、超大国の危なっかしい高慢な体質が最後に露出したのだった。
ブッシュさんからもそれに似た特権的な使命感の怖さが感じとれる。しかし、国際環境は当時と違い、トルーマン方式が認められるはずもない。
(後略)
朝日しか読まないアホには知識がないんだろーがね(藁
「毎日新聞」
「ブッシュは大した男じゃない」
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とにもかくにも2003年、ブッシュ・プロブレムである。
この大統領の息づかいが日々気になる。そう思って暮らしている人々が世界に何億人いるのだろうか。ブッシュさんがヘリから降り立ち、右手をひょいとあげる。敬礼もどきのあいさつは見慣れた光景になった。
(中略)
では、おまえはどうなのか、と詰問されそうだが、私は教養人と非教養人の中間ぐらいか、と自らを位置づけている。教養人らしい人に巡り合うと、面白くはないが安息できる。非教養人に会うと、面白いが落ち着かない。
ブッシュさんに会ったことはないが、世界中のイメージはほぼ定着したとみてよさそうだ。私は外務省の某高官と私的な雑談をしたときに、こう聞いてみた。
「アメリカの大統領がブッシュでなければ、九・一一(〇一年の同時多発テロ)はなかったと思っていますか」
そうだ、と某高官は声に出さずにうなずいた。やっぱりそうなのか。そう思っていない高官も当然いるだろうし、証明しにくい問題だが、とにかくブッシュ・プロブレムなのである。
九・一一テロのあと、ブッシュさんは側近に、
「私は神から試練を与えられた。悪から米国を守ることこそ神のおぼしめしだ」
などと話したという。ブッシュさんにとって、神とは何を意味するのだろうか。『毎日新聞』の杉尾直哉記者のリポート(一月四日付)によると、父親が大統領だったとき、ホワイトハウスを訪れたブッシュさんは、母親のバーバラさんと宗教論争になったという。
「キリスト教徒だけが天国に行ける。聖書に書いてある」
と言い張るブッシュさんに対し、バーバラさんは、
「神はほかの人も受け入れる」
と譲らず、歴代大統領と親交のあったテレビ伝道師、ビル・グラハム師を電話に呼び出して、審判を求めた。グラハム師は、
「(人の運命を決める)神になろうとでも言うのですか」
と二人をたしなめたという。
この逸話、ブッシュ理解のヒントになりそうだ。九・一一の直後、ブッシュさんはテロリストとの戦いに〈クルセード〉(十字軍)という言葉を使って、イスラム世界のひんしゅくを買ったことがあった。十字軍は十一世紀から十三世紀にかけ、ヨーロッパのキリスト教徒が聖地エルサレム奪還のため送りだした遠征軍のことだ。これと戦ったイスラム世界は〈十字〉という言葉を極端に嫌うが、あえて使う。
キリスト教的使命感が、ブッシュさんには色濃い。
「我々は自由社会、民主主義のリーダーとしてテロと戦っている」
と言うが、この建前の裏に、キリスト教の選民意識がにおうのだ。
特権的な使命感と
高慢な体質が怖い
反テロ戦争から極力宗教色を抜き、国際的な協調を固めなければならないときに、ブッシュさんは不用意であり、思慮に欠ける。私たち日本人は二十一世紀の新十字軍に参加するわけにはいかない。
また、ブッシュさんの発言では〈悪〉がしょっちゅう使われる。
「悪から米国を守ることこそ神のおぼしめしだ」
という先の言い方もそうだが、昨年一月の一般教書演説で〈悪の枢軸〉という新語が登場し、イラク、イラン、北朝鮮三カ国が名指しされ、〈悪〉が具体的になった。
しかし、それも、『毎日新聞』の報道(昨年十二月三十日付)によると、草稿に北朝鮮は入っていなかったのに、最後にブッシュさんが書き加えたという。
(中略)
正面に開戦秒読みのイラク、背後に挑発に踏み込む北朝鮮という複雑な構図になってくると、ブッシュ、フセイン大統領、金正日の三者が繰り広げる微妙な心理ゲームが状況を左右しかねない。指導者の練度や腹の据え方が決定的に試される。
第二次大戦の末期、トルーマン米大統領はすでに軍事力で断末魔状態だった日本に、
〈外交手段によらず、原子爆弾でトドメを刺す〉
と考え、投下を決定した。軍事的に原爆使用の必要性はなかったのだが、超大国の危なっかしい高慢な体質が最後に露出したのだった。
ブッシュさんからもそれに似た特権的な使命感の怖さが感じとれる。しかし、国際環境は当時と違い、トルーマン方式が認められるはずもない。
(後略)
これは メッセージ 7688 (shinitakumonashi さん)への返信です.