東京もソウルも互いに憂鬱
投稿者: sagam_2001 投稿日時: 2003/02/25 08:25 投稿番号: [7341 / 28311]
東京、憂鬱な旅−冷笑と沈黙の間で 【朝鮮日報】
http://japanese.chosun.com/site/data/html_dir/2003/02/24/20030224000028.html
>・・・電車の中、人々の頭の上で揺れている週刊誌の広告版には、馴染みの人物の写真が貼られていた。「朝鮮民主主義人民共和国」の金正日総書記兼国防委員長。イエローペーパーに近い週刊誌が報じる人民服姿のこの北朝鮮最高(絶対)権力者を、今、電車内の日本人たちはどのような視線で眺めているのだろうか。ここに来て、鮮明に感じ取れたのは、もはや金総書記は日本の一般の人々にとって、彼らの首相の隣に座って外交を論ずる相手国家の首班ではないということだ。
▲イエローペーパーならずとも「外交を論ずる相手国家の首班ではない」と内心考えている人は多い。盧氏の「犯罪者ではなく、交渉の相手として扱うべきだ」も「犯罪者との交渉」が外交用語抜きならより現実に近いように思うが。韓国紙も対日問題になるとイエローペーパー化するのにお気付きか。
>「片目の憤怒」。ドイツの某日刊紙はこのような日本の現象を、こう定義した。「もし、北朝鮮が最悪の国家だという事実が、異論の余地もなく証明されたとしても、それによって日本がたった1ミリたりとも善に近付いたことにはならない」とし、「他者に悪を投影し、自分を正当化しようとすることは、かえって自分を堕落させるだけ」という日本知識人社会の一部の憂慮は適している。
▲ドイツ人に言われたくない問題。日本の過去の殖民地化を指弾してもドイツがユダヤ人抹殺の過去から1ミリたりとも善に近付いたことにはならない。日本の過去が善とは(平壌宣言を見ても)だれも言っていないが。
>しかし、日本の“左派”や“進歩派”、“市民派”の大多数はこれまで北朝鮮の抑圧的な体制が抱えている問題の重大性を見て見ぬふりをすることで、今日の不均衡な現実に対する批判的介入のタイミングと説得力を失ってしまった。
▲「現実に対する批判」どころが「見て見ぬふり」の反省のタイミングすら失ったのが実状で、拉致事件を最初に報道した等の言い訳の連発。
>・・・日本社会が拉致問題で沸き立っているのに比べ、韓国社会が見せる静けさに近い奇異な沈黙には、2つの屈折した認識が存在する。その一つは「植民地支配の罪科を反省をもしない日本(人)は、暴力が加えられてもかまわない対象だ」という意識(または無意識)だ。 「対南工作のためには、敵対国家の構成員の人生は蹂躙され、道具にしてもかまわない」と考える北朝鮮権力の拉致論理や、南北が核で手を組み、日本を攻撃することを想像する粗悪な小説がベストセラーになるこの社会のある流れは、植民支配を受けた人々の記憶が応報の論理へと進むのを放置してきた現実の反映だ。
▲日本人から見ると放置というより推奨してきたように思えるが。「植民地支配の罪科」が永遠に問われるなら日韓条約とは何だったのかとの日本の無力感。韓国自身の努力は大きかったが国力がつくと日本の援助やビジネスモデルの模倣は忘れて「偏狭なナショナリズム」に酔う大衆と利用する政治家。
>もう一つは、分裂した冷戦意識だ。日本人拉致問題を体制競争の論理に基づいて、北朝鮮批判の材料にする“保守(?)”の論理や、北朝鮮批判(権力に対する批判さえも)は統一にプラスにならないと考えてきた“進歩(?)”の態度は、もはや両方とも問題視しなければならない。 私たちの中に存在するこのような「内的冷戦」の論理や態度は、個人の人間的苦痛や被害は、体制と“民族の理解”に比べ後れているものとして見なすよう、密かに強制してきたためだ。
▲盧武鉉体制は“民族の理解”に乗って築かれたので“進歩(?)”の度合いは濃くなる一方のようだが。
>夢多き日本の若者が、13歳の少女が、ある日突然消えてしまった新潟の海辺を撮影した写真を見入る。人々の人生と命が、本当にとんでもない理由で消えてしまった海は、この国の中にも無数に存在する。私たちの質問は、このような暴力の現場に、まず投げかけられるべきだ。海辺を歩く、名も知らない日本人を拉致した工作員の内面で作動したコードは“統一課業”だった。 暴力の現場でこのコードが実行者の内で葛藤を起こさせ、誰もが加害者の立場に立つ可能性のある分断の構図の中、私たちがこのコードを解体する言葉を持つこと、私はこれが“脱・分断”の始まりであると信じる。
文富軾(ムン・ブシク)/『当代批評』編集委員
▲部分的に同意しかねる点もあるが、大江ノーベル賞先生とは雲泥の差。一般の韓国人から見たらこの文富軾氏は超少数派であり親日派に分類されてしまうと思
http://japanese.chosun.com/site/data/html_dir/2003/02/24/20030224000028.html
>・・・電車の中、人々の頭の上で揺れている週刊誌の広告版には、馴染みの人物の写真が貼られていた。「朝鮮民主主義人民共和国」の金正日総書記兼国防委員長。イエローペーパーに近い週刊誌が報じる人民服姿のこの北朝鮮最高(絶対)権力者を、今、電車内の日本人たちはどのような視線で眺めているのだろうか。ここに来て、鮮明に感じ取れたのは、もはや金総書記は日本の一般の人々にとって、彼らの首相の隣に座って外交を論ずる相手国家の首班ではないということだ。
▲イエローペーパーならずとも「外交を論ずる相手国家の首班ではない」と内心考えている人は多い。盧氏の「犯罪者ではなく、交渉の相手として扱うべきだ」も「犯罪者との交渉」が外交用語抜きならより現実に近いように思うが。韓国紙も対日問題になるとイエローペーパー化するのにお気付きか。
>「片目の憤怒」。ドイツの某日刊紙はこのような日本の現象を、こう定義した。「もし、北朝鮮が最悪の国家だという事実が、異論の余地もなく証明されたとしても、それによって日本がたった1ミリたりとも善に近付いたことにはならない」とし、「他者に悪を投影し、自分を正当化しようとすることは、かえって自分を堕落させるだけ」という日本知識人社会の一部の憂慮は適している。
▲ドイツ人に言われたくない問題。日本の過去の殖民地化を指弾してもドイツがユダヤ人抹殺の過去から1ミリたりとも善に近付いたことにはならない。日本の過去が善とは(平壌宣言を見ても)だれも言っていないが。
>しかし、日本の“左派”や“進歩派”、“市民派”の大多数はこれまで北朝鮮の抑圧的な体制が抱えている問題の重大性を見て見ぬふりをすることで、今日の不均衡な現実に対する批判的介入のタイミングと説得力を失ってしまった。
▲「現実に対する批判」どころが「見て見ぬふり」の反省のタイミングすら失ったのが実状で、拉致事件を最初に報道した等の言い訳の連発。
>・・・日本社会が拉致問題で沸き立っているのに比べ、韓国社会が見せる静けさに近い奇異な沈黙には、2つの屈折した認識が存在する。その一つは「植民地支配の罪科を反省をもしない日本(人)は、暴力が加えられてもかまわない対象だ」という意識(または無意識)だ。 「対南工作のためには、敵対国家の構成員の人生は蹂躙され、道具にしてもかまわない」と考える北朝鮮権力の拉致論理や、南北が核で手を組み、日本を攻撃することを想像する粗悪な小説がベストセラーになるこの社会のある流れは、植民支配を受けた人々の記憶が応報の論理へと進むのを放置してきた現実の反映だ。
▲日本人から見ると放置というより推奨してきたように思えるが。「植民地支配の罪科」が永遠に問われるなら日韓条約とは何だったのかとの日本の無力感。韓国自身の努力は大きかったが国力がつくと日本の援助やビジネスモデルの模倣は忘れて「偏狭なナショナリズム」に酔う大衆と利用する政治家。
>もう一つは、分裂した冷戦意識だ。日本人拉致問題を体制競争の論理に基づいて、北朝鮮批判の材料にする“保守(?)”の論理や、北朝鮮批判(権力に対する批判さえも)は統一にプラスにならないと考えてきた“進歩(?)”の態度は、もはや両方とも問題視しなければならない。 私たちの中に存在するこのような「内的冷戦」の論理や態度は、個人の人間的苦痛や被害は、体制と“民族の理解”に比べ後れているものとして見なすよう、密かに強制してきたためだ。
▲盧武鉉体制は“民族の理解”に乗って築かれたので“進歩(?)”の度合いは濃くなる一方のようだが。
>夢多き日本の若者が、13歳の少女が、ある日突然消えてしまった新潟の海辺を撮影した写真を見入る。人々の人生と命が、本当にとんでもない理由で消えてしまった海は、この国の中にも無数に存在する。私たちの質問は、このような暴力の現場に、まず投げかけられるべきだ。海辺を歩く、名も知らない日本人を拉致した工作員の内面で作動したコードは“統一課業”だった。 暴力の現場でこのコードが実行者の内で葛藤を起こさせ、誰もが加害者の立場に立つ可能性のある分断の構図の中、私たちがこのコードを解体する言葉を持つこと、私はこれが“脱・分断”の始まりであると信じる。
文富軾(ムン・ブシク)/『当代批評』編集委員
▲部分的に同意しかねる点もあるが、大江ノーベル賞先生とは雲泥の差。一般の韓国人から見たらこの文富軾氏は超少数派であり親日派に分類されてしまうと思
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