民主主義と戦争
投稿者: sagam_2001 投稿日時: 2003/02/17 08:52 投稿番号: [7228 / 28311]
天声人語
(02月17日付)
>戦争によって民主主義を守った。そう考える欧米の人たちは少なくない。先の大戦では、ナチズムやファシズム、日本軍国主義と戦って民主主義陣営が勝利を収めた、と。そういう国々では、戦いを忌避する「平和主義」や「平和主義者」は「意気地なし」といった非難につながりかねない。 にもかかわらず近年にない反戦のうねりがイラク攻撃をめぐって欧米で広がっている。「平和主義者ではないが、この戦争には反対せざるをえない」。そういう思いの人をも駆り立てた動きだろう。
▲イラク攻撃反対は「反戦原理主義者」と「この戦争限定の反対論者」とから成るらしい。
>以前、この欄で竹内浩三という詩人、45年に23歳で戦死した詩人のことを紹介した。彼の未発表原稿が昨年11月に発見され、季刊誌『環
2003年冬号』(藤原書店)に紹介されている。ある詩集の余白などに書き込まれていた。入営直前に書かれたものらしい。「ながいきをしたい」で始まり「ぜひとも、ながいきをしたい」で終わる詩があれば「たまがおれを殺しにきても/おれを詩(うた)をやめはしない/飯ごうにそこ(底)にでも/爪でもつて詩をかきつけやう」と悲壮感に満ちた詩もある。入営の朝、家族らに残した手紙には「ぼくの日の丸は、どんな風にも雨にもまけませぬ」と戦いへの決意を書いた彼だったが、ひそかに「日本の国ほろびよ」と書き留めてもいた。
▲「ぼくの日の丸は、どんな風にも雨にもまけませぬ」なら朝日の定義で偏狭なナショナリストになるはづだが。たしかに「日本の国ほろびよ」は朝日の好きな言葉だが。
>意気地なしとはいわれたくない。雄々しく戦場に向かわねばならない。しかし彼は、あの戦争のむなしさを直感していた。平和主義者は非国民、という時代のことである。いまなら彼は迷うことなく反戦の側に立ったことであろう。
▲勝手に死者を反戦主義者に仕立てる合理的根拠はどこにあるのだろう。「戦争によって民主主義を守る欧米の人たちは」はさておき、「戦争によって民主主義を守る日本の人たちは」朝日にいるのであろうか。
これは メッセージ 1 (gesogeso1032 さん)への返信です.
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