中・韓・北プラスワン(露)へ懲日のお願い
投稿者: sagam_2001 投稿日時: 2003/01/17 08:11 投稿番号: [6524 / 28311]
社説1月17日「’03発想転換ー日露戦争って何だった」
>一枚の絵がある。屈強なロシアの農民が、背が低くて狐(きつね)目をした、黄色い顔の日本人兵士を殴りつけている。兵士は泣いている。日露戦争の戦意高揚のため、当時の帝政ロシアで盛んに出版された風刺画のひとつだ。政府の検閲下で日本人は偏見を込めて貧弱に描かれるのが常だった。スターリン時代には日露戦争が日本の脅威を大いにあおる材料に使われた。第2次大戦の記憶は、いまなお日ロ両国民の間にわだかまりを残している。 だが、日露戦争当時は「民衆には日本人への嫌悪感は必ずしも強くなかった」と、広島市立大学のユリア・ミハイロワ教授は語る。むしろ日本兵の勇気に感心した記録さえあるというのだ。
▲(朝日の言いたいこと)教宣されても日本に親近感を持つ露民衆へ日本は戦争を仕掛けた。
>・・・日露戦争は20世紀最初の大戦争だった。近代日本を朝鮮の植民地支配、さらには中国侵略へと向かわせた転回点でもある。 だが、戦争の実像や影響の評価をめぐってはなお様々な見方がある。開戦の責任が重いのは日本かロシアか。日本が自衛のためにやむをえず開戦したという理屈は成り立つのか否か。
▲(朝日)日本が自衛の理屈でロシアを侵略した。
>アジアの民族解放に大きな刺激となったことは事実だ。中国革命の指導者、孫文は「日本がロシアに勝ち、民族の独立という希望が生まれた」と語った。そうした側面を認めつつも、結局「帝国主義国の集団に新たな国を加えただけだ」と否定的に総括したのは、インド建国の父ネールだ。
▲(朝日)孫文でも過ちはある。ネールの総括こそが正しい歴史認識だ。
>歴史の多面性である。日露戦争の主戦場となったのは朝鮮半島と中国東北部だった。にもかかわらず、これまでの研究では中国と朝鮮半島の民衆の視点はほとんど抜け落ちていた。北朝鮮の核開発問題が東アジアを揺るがせている。その歴史をたどれば、南北分断と朝鮮戦争に、さらに日本による朝鮮植民地支配、そして日露戦争へと行き着く。
▲(朝日)将軍さま!日露戦争以来平和で豊かであった中国と朝鮮半島の民衆は日本の侵略の犠牲となりました。中ロ韓と連携しての反日政策や核武装は当然であります。
>この地域には他にも台湾問題、北方領土問題など、前世紀の負の遺産が残る。
▲(朝日)台湾も北方領土も日本が原因の負の遺産。台湾は中国へ、北方領土はロシアへが妥当な歴史認識だ。
>日露を調停した米国を含め、日露戦争の関係国はいまもこの地域の秩序を支える。各国の歴史の見方をより近づけることは平和のための力になる。理性的で幅広い文脈に立った日露戦争への再接近は、そのための効果的な手段となりうるだろう。歴史に連なる出来事の原因と結果を解きほぐすことが、いまに役立つことは少なくない。問題はすぐれて今日的だ。
▲(朝日)理性的で幅広い文脈に立てる朝日こそが原因と結果を解きほぐすことができる。靖国から日露戦争戦没者の分祀はすぐれて今日的な問題だ。
▲(100年後の中国の歴史学者)“朝日新聞って何だった”。
>一枚の絵がある。屈強なロシアの農民が、背が低くて狐(きつね)目をした、黄色い顔の日本人兵士を殴りつけている。兵士は泣いている。日露戦争の戦意高揚のため、当時の帝政ロシアで盛んに出版された風刺画のひとつだ。政府の検閲下で日本人は偏見を込めて貧弱に描かれるのが常だった。スターリン時代には日露戦争が日本の脅威を大いにあおる材料に使われた。第2次大戦の記憶は、いまなお日ロ両国民の間にわだかまりを残している。 だが、日露戦争当時は「民衆には日本人への嫌悪感は必ずしも強くなかった」と、広島市立大学のユリア・ミハイロワ教授は語る。むしろ日本兵の勇気に感心した記録さえあるというのだ。
▲(朝日の言いたいこと)教宣されても日本に親近感を持つ露民衆へ日本は戦争を仕掛けた。
>・・・日露戦争は20世紀最初の大戦争だった。近代日本を朝鮮の植民地支配、さらには中国侵略へと向かわせた転回点でもある。 だが、戦争の実像や影響の評価をめぐってはなお様々な見方がある。開戦の責任が重いのは日本かロシアか。日本が自衛のためにやむをえず開戦したという理屈は成り立つのか否か。
▲(朝日)日本が自衛の理屈でロシアを侵略した。
>アジアの民族解放に大きな刺激となったことは事実だ。中国革命の指導者、孫文は「日本がロシアに勝ち、民族の独立という希望が生まれた」と語った。そうした側面を認めつつも、結局「帝国主義国の集団に新たな国を加えただけだ」と否定的に総括したのは、インド建国の父ネールだ。
▲(朝日)孫文でも過ちはある。ネールの総括こそが正しい歴史認識だ。
>歴史の多面性である。日露戦争の主戦場となったのは朝鮮半島と中国東北部だった。にもかかわらず、これまでの研究では中国と朝鮮半島の民衆の視点はほとんど抜け落ちていた。北朝鮮の核開発問題が東アジアを揺るがせている。その歴史をたどれば、南北分断と朝鮮戦争に、さらに日本による朝鮮植民地支配、そして日露戦争へと行き着く。
▲(朝日)将軍さま!日露戦争以来平和で豊かであった中国と朝鮮半島の民衆は日本の侵略の犠牲となりました。中ロ韓と連携しての反日政策や核武装は当然であります。
>この地域には他にも台湾問題、北方領土問題など、前世紀の負の遺産が残る。
▲(朝日)台湾も北方領土も日本が原因の負の遺産。台湾は中国へ、北方領土はロシアへが妥当な歴史認識だ。
>日露を調停した米国を含め、日露戦争の関係国はいまもこの地域の秩序を支える。各国の歴史の見方をより近づけることは平和のための力になる。理性的で幅広い文脈に立った日露戦争への再接近は、そのための効果的な手段となりうるだろう。歴史に連なる出来事の原因と結果を解きほぐすことが、いまに役立つことは少なくない。問題はすぐれて今日的だ。
▲(朝日)理性的で幅広い文脈に立てる朝日こそが原因と結果を解きほぐすことができる。靖国から日露戦争戦没者の分祀はすぐれて今日的な問題だ。
▲(100年後の中国の歴史学者)“朝日新聞って何だった”。
これは メッセージ 1 (gesogeso1032 さん)への返信です.