早野透くんの、最悪の言葉のゲーム
投稿者: eeechirou 投稿日時: 2002/11/08 18:50 投稿番号: [5877 / 28311]
本日の『ポリティカにっぽん』より抜粋
>朝鮮半島に拉致された5人の生存者が東京の空に帰ってきたときはわれわれもうれしかった。タラップから下りてくる人々のこぼれるような笑顔をテレビで見ていてああよかったなと思った。
まずは、読者に受け入れられやすい導入。かなり「いい人」を演じている。たとえ心のなかで、「必死に隠匿してきたのに、いないはずの拉致被害者が戻ってきやがった」と思っていたとしても、人道的ないい文章が簡単に浮かんでくるのは、さすが。
>だがあれから半月、たまたま昔なじみの仲間の会合で語り合ったら、このごろ5人のことを伝えるテレビをあまり見たくないのよ、と一人の女性は言うのだった。
けっして筆者の意見ではなく、あくまで世間一般の声を取り上げているんだというアピール。本当に「たまたまの会合」?
>10月15日、拉致された5人が一、二週間という日程で一時帰国した。だが、日朝国交正常化交渉が29日に始まるまでに5人を戻さなければならないのかどうか。安倍晋三内閣官房副長官がそこに強い疑問を投げかけた。
強権発動だ!恐い政府が出てきたぞ!国家、政府にアレルギーを持つ読者よ、警戒するんだ!
>安倍氏はそう考えて福田官房長官や小泉首相をリードした。なるほどそう言われればその通りで筋は通っている。24年ぶりにわが子と会えた日本の老親たちはもう一刻だって手放したくないということだろう。北朝鮮も拉致を認めて謝罪もしたからには日本の要求に従ってしかるべきと考えてもよい。
「筋が通っている」ではなく、「筋は通っている」。「従ってしかるべきだ」ではなく、「従ってしかるべきだと考えてもよい」というのがミソ。まあ、そういう考え方もあるけど、もっと高い次元に立てよ。と言っているようだ。へえー、どんなご高説が聞けるんだろう?
>昔見たイタリア映画、デ・シーカ監督の「ひまわり」を思い出す。
美しく悲しい映画で、読者の心の琴線を刺激する二ダ。大きい力(国家と国家の戦争)の前には、市民は抗えない二ダ。成りゆきに身を任せ、現実をそのまま受けとめるしかない二ダ!
>国家と国家の戦争はたくさんの引き裂かれた家族をつくった。おそらく北朝鮮は朝鮮戦争の後もずっと韓国、日本に対してパルチザン戦争を続けているつもりだった。韓国大統領府襲撃、ラングーン事件、大韓航空機爆破、そして拉致。平和を楽しむ日本からは、北朝鮮の不法無法は想像を超えていた。
「パルチザン戦争」、言い換えれば「共産ゲリラによる破壊活動」と同義。ゲリラという言葉はあまりに直接的過ぎるから使わない。パルチザンという言葉のほうが、日本人の耳には優しく抵抗が少ないだろう。日本と北朝鮮は戦争をしていないはずだが、「つもりだった」で誤魔化しちゃえ。航空機爆破も拉致も「市民」「民間人」を狙った悪質な行為であることには、触れてはいけない。「市民」の殺害で問題にするのは、「南京大虐殺」と「朝鮮人の過酷な強制労働」だけなのだ。南京で殺されたのがゲリラだったかどうかなんて、分かりっこないさ。日本人だけは、子孫代々まで反省し続けるのだ!
平和ボケの日本人にとっては「想像を越えていた」ようだが、紛争地域では何てことない工作活動さ。でも、日本は沿岸警備を強化してはいけないよ。日本が平和ボケでなければ、周辺諸国が怖がっちゃうからね。
>だが、本人が望むなら北朝鮮にいったん戻ってもいいのではないか。いまや日朝間の往来も居住場所もすべて完全に自由に、そして自分たちの未来を選ばしめよ。日本はその環境を整え、金正日氏はそれを保障する義務がある。いつまでも国家のゲームに巻き込んではいけない。
北朝鮮の手前、「日本に留まりたい」と言いにくい拉致被害者。彼らの意思とは関係なく、政府の方針で帰さないという形をとるのが、拉致被害者の二次被害を避ける有効な手段であるかもしれない。そういう考えには及びもつかないのか、敢えて読者に伝えないのか?それとも、被害者の本心なんてどうでもいいから、建て前であっても「北朝鮮に帰りたい」と言わしめ、将軍様に生け贄を献上したいのか?
さらにおかしなことには、「北朝鮮での完全に自由な生活」の環境を、どうして日本が整えられるのか?また日本に朝鮮を統治せよと言いたいのか?百歩譲って拉致被害者が北朝鮮で暮らすとしても、金正日「氏」(なぜここでは、将軍でも総書記でもないのだろう?金正日は在野に下るのか?やはり、朝日は併合を狙ってる?拡販のため?)が環境を整えて、さらにそれを保障する義務があると考えるのが自然ではないのか?
いつまでも読者を言葉のゲームに巻き込んではいけないですよね、早野さん。
>朝鮮半島に拉致された5人の生存者が東京の空に帰ってきたときはわれわれもうれしかった。タラップから下りてくる人々のこぼれるような笑顔をテレビで見ていてああよかったなと思った。
まずは、読者に受け入れられやすい導入。かなり「いい人」を演じている。たとえ心のなかで、「必死に隠匿してきたのに、いないはずの拉致被害者が戻ってきやがった」と思っていたとしても、人道的ないい文章が簡単に浮かんでくるのは、さすが。
>だがあれから半月、たまたま昔なじみの仲間の会合で語り合ったら、このごろ5人のことを伝えるテレビをあまり見たくないのよ、と一人の女性は言うのだった。
けっして筆者の意見ではなく、あくまで世間一般の声を取り上げているんだというアピール。本当に「たまたまの会合」?
>10月15日、拉致された5人が一、二週間という日程で一時帰国した。だが、日朝国交正常化交渉が29日に始まるまでに5人を戻さなければならないのかどうか。安倍晋三内閣官房副長官がそこに強い疑問を投げかけた。
強権発動だ!恐い政府が出てきたぞ!国家、政府にアレルギーを持つ読者よ、警戒するんだ!
>安倍氏はそう考えて福田官房長官や小泉首相をリードした。なるほどそう言われればその通りで筋は通っている。24年ぶりにわが子と会えた日本の老親たちはもう一刻だって手放したくないということだろう。北朝鮮も拉致を認めて謝罪もしたからには日本の要求に従ってしかるべきと考えてもよい。
「筋が通っている」ではなく、「筋は通っている」。「従ってしかるべきだ」ではなく、「従ってしかるべきだと考えてもよい」というのがミソ。まあ、そういう考え方もあるけど、もっと高い次元に立てよ。と言っているようだ。へえー、どんなご高説が聞けるんだろう?
>昔見たイタリア映画、デ・シーカ監督の「ひまわり」を思い出す。
美しく悲しい映画で、読者の心の琴線を刺激する二ダ。大きい力(国家と国家の戦争)の前には、市民は抗えない二ダ。成りゆきに身を任せ、現実をそのまま受けとめるしかない二ダ!
>国家と国家の戦争はたくさんの引き裂かれた家族をつくった。おそらく北朝鮮は朝鮮戦争の後もずっと韓国、日本に対してパルチザン戦争を続けているつもりだった。韓国大統領府襲撃、ラングーン事件、大韓航空機爆破、そして拉致。平和を楽しむ日本からは、北朝鮮の不法無法は想像を超えていた。
「パルチザン戦争」、言い換えれば「共産ゲリラによる破壊活動」と同義。ゲリラという言葉はあまりに直接的過ぎるから使わない。パルチザンという言葉のほうが、日本人の耳には優しく抵抗が少ないだろう。日本と北朝鮮は戦争をしていないはずだが、「つもりだった」で誤魔化しちゃえ。航空機爆破も拉致も「市民」「民間人」を狙った悪質な行為であることには、触れてはいけない。「市民」の殺害で問題にするのは、「南京大虐殺」と「朝鮮人の過酷な強制労働」だけなのだ。南京で殺されたのがゲリラだったかどうかなんて、分かりっこないさ。日本人だけは、子孫代々まで反省し続けるのだ!
平和ボケの日本人にとっては「想像を越えていた」ようだが、紛争地域では何てことない工作活動さ。でも、日本は沿岸警備を強化してはいけないよ。日本が平和ボケでなければ、周辺諸国が怖がっちゃうからね。
>だが、本人が望むなら北朝鮮にいったん戻ってもいいのではないか。いまや日朝間の往来も居住場所もすべて完全に自由に、そして自分たちの未来を選ばしめよ。日本はその環境を整え、金正日氏はそれを保障する義務がある。いつまでも国家のゲームに巻き込んではいけない。
北朝鮮の手前、「日本に留まりたい」と言いにくい拉致被害者。彼らの意思とは関係なく、政府の方針で帰さないという形をとるのが、拉致被害者の二次被害を避ける有効な手段であるかもしれない。そういう考えには及びもつかないのか、敢えて読者に伝えないのか?それとも、被害者の本心なんてどうでもいいから、建て前であっても「北朝鮮に帰りたい」と言わしめ、将軍様に生け贄を献上したいのか?
さらにおかしなことには、「北朝鮮での完全に自由な生活」の環境を、どうして日本が整えられるのか?また日本に朝鮮を統治せよと言いたいのか?百歩譲って拉致被害者が北朝鮮で暮らすとしても、金正日「氏」(なぜここでは、将軍でも総書記でもないのだろう?金正日は在野に下るのか?やはり、朝日は併合を狙ってる?拡販のため?)が環境を整えて、さらにそれを保障する義務があると考えるのが自然ではないのか?
いつまでも読者を言葉のゲームに巻き込んではいけないですよね、早野さん。
これは メッセージ 5872 (royaleibunpohaiibunpo さん)への返信です.