欺瞞と独善だらけの朝日新聞を検証しよう!

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【プロジェクト×(バツ)〜朝日新聞編〜】

投稿者: asahi_ha_sanzan 投稿日時: 2002/09/09 21:02 投稿番号: [5265 / 28311]
朝日を女に例えて、試作してみました。つづきは皆さん考えてください。

終戦時まで、朝日には将来を固く約束した男がいた。旧日本軍の軍人で、親の決めた相手だった。最初は堅い男だと思ったが、付き合ってみると、男らしく誠実で信頼できた。男のなかの男だと思った。必死で応援した。だが、彼は戦死した。

終戦まもなく、GHQがやって来た。スパイ容疑だった。連日にわたる厳しい尋問が続いた。朝日は耐えた。しかし、とうとう屈した。軍人を忘れ、GHQのために協力することを約束した。実家の躾は否定され、アメリカ流に再教育された。自由な発言は許されなかったが、だんだんGHQのことを好きになり始めていた。

そんなある日、サンフランシスコ講和条約が締結され、GHQは朝日のもとを去っていった。いいように利用されただけだった。しかし、やっと自由恋愛ができるようになった。相手を探した。そして、金日成と知り合った。地上の楽園をつくるのだと言う。夢の大きさに夢中になった。日本のみんなにも触れ回った。朝日も北朝鮮に来るように誘われた。でもなぜか、踏ん切りがつかなかった。そのうち、彼はとんでもない亭主関白で、嫁に外出さえさせないことを産経新聞で知った。ショックだった。

もう一人、若い革命家がいた。名はポルポトといった。貧しい家の出身だったが、インテリに見えた。彼の指令1つで、首都プノンペンの街はほぼ無人となり、みんな農村で畑を耕していた。すごい指導力だった。みんなが納得すれば、幸せになれると彼は言った。その瞳は輝いていた。共感できた。東京育ちの朝日には、自然への憧れもあった。しかし、彼は殺人鬼だった。彼に共感できない人々が200〜300万人殺されていた。

冷や汗が吹き出した。危ない恋愛が続いていた。同級生の何人かは、日本人妻として北朝鮮に渡り、ひどい生活を送っていた。喰うや喰わずの毎日だった。里帰りも許されず、同級生の親から責められたが、最愛の人と死別した自分ほどの苦労ではないと思った。突っぱねた。

それでもまだ、スケールの大きな男が好きだった。まだ、若かった。今度は中国人だった。その名は、毛沢東。折りしも文化大革命に着手しようとしていた。噂を聞き、ドラスティックな変化の予感にときめいた。胸騒ぎがした。恋の予感だった。毛は思う存分に文革を推進した。朝日も入れ込んだ。夢中だった。近所の産経さんが注意した。「あれはただ単なる破壊だ!早く気づくんだ!」   だが、盲目の恋だった。ようやく気づいたときには、2000万人が犠牲になっていた。

もう、権力者はコリゴリだ。失意に打ちひしがれる日々。そんなとき、何の変哲もない労働者の集団と親しくなった。ソビエトだった。みんなが平等で、物事は話し合いで決めると言う。粗野で乱暴な男たちだったが、理想的に思えた。これまでの男たちは独裁的なところがあった。新鮮だった。この人たちなら間違いない。また、入れ込んだ。ところが、ソビエトには大きな敵がいた。アメリカだった。かつて自分をボロボロにしたあのアメリカだった。いっそう熱が入った。しかし、ソビエトは見栄の張り合いに散財し、そして破綻した。

朝日は、何を信じていいか分からなくなった。自暴自棄だった。そんなとき、温かく朝日を見つめる人々がいた。反日活動家たちだった。見渡せば、自虐的日本人や在日朝鮮人たちがいた。失敗の連続の自分をずっと見守ってくれていた。ありがたかった。涙が止まらなかった。このとき、固く誓った。そうだ、これからは、彼らのために生きていこう!   新たな人生の出発だった。朝日は堰を切ったように、彼らのために書いた。論理も基準もなかった。右翼はもとより、中道からも反感を買った。だが、気にも止めなかった。自分の存在意義はこれしかないと信じた。がむしゃらだった。
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