終戦前後の朝日新聞
投稿者: hihunkougai 投稿日時: 2002/07/11 22:42 投稿番号: [4591 / 28311]
満州事変以降から大東亜戦争戦争終結まで、朝日は他紙に抜きん出て積極的に戦争に加担し協力した。
村山龍平社長自ら1千万円の軍への慰問金寄付など、朝日は慰問袋や慰問文の募集、軍歌の懸賞募集や軍用機献納運動、写真展覧会やニュース映画会などを行った。
これら戦争協力報道は、当局などによる干渉のみからのものではない。
近衛新体制下の思想集団、昭和研究会の中心幹部に朝日の佐々弘雄論説委員が参加するなど、朝日は極めて積極的に戦争に加担しているのだ。
終戦間近、メデアを用いたプロバカンダにより終戦を遅らせあたら被害を大きくしたのは他ならぬ朝日新聞である。(少なくとも長崎は防げたかもしれない)
しかし終戦になるや朝日は、朝日が戦争協力報道を行った原因を当局による干渉や社会状況などに矮小化して宣伝に終始した。
終戦後、朝日は占領軍による戦犯狩りを恐れて写真資料を焼却。朝日はこれらの歴史的事実を全て隠蔽し、軍部の積極的協力者からアメリカ占領軍の積極的協力者に豹変した。
そうした過去の戦争への協力というよりむしろ積極的に参加した姿勢を隠蔽 し贖罪のためか、現在においてはことさらに平和主義を唱え、隣国に媚びを振りまいている。
これが、朝日新聞の実態です。
これは メッセージ 1 (gesogeso1032 さん)への返信です.
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