韓国・中央日報の記事との比較
投稿者: onyanko 投稿日時: 2002/03/09 15:31 投稿番号: [3217 / 28311]
韓国では、親日派叩きの狂気が荒れ狂っていて、かつてのマッカーシズムのような様相を見せているようですが、それに対する反論もあり、この例などは日本人の歴史観とも十分にすりあわせられるもので、反日朝日新聞とどちらが日本の新聞と思うでしょうか?
【コラム】民族と親日
http://japanese.joins.com/php/article.php?sv=jnews&src=opi&cont=opi0&aid=20020307150452100『日帝が朝鮮を併合した際、朝鮮にはこの併合を恥じる主体の民族意識がなかった。民族は民族意識と同じだ。したがって朝鮮には「民族」がなかった。李完用(イ・ワンヨン)らが「売国」した朝鮮には主権と領土はあったが、自らを国民だと意識してその主権と領土が自分たちのものだと主張する民族がなかった。王と両班のものとしての朝鮮朝の主権は、韓日合併前、既にほとんど自滅していた。外勢との争いに敗れて滅亡したのではない。李完用らが「売国」したというのは誇張された修辞である。
争いは清国、日本、ロシアという外勢の間で、無主物となった朝鮮の主権を先取りしようして行われた。親日派、親ロ派、親清派は名前を付け替えた四色党派の変種にすぎないと見るのがいっそのこと適切でないだろうか。日本が朝鮮の主人となった後、親日派という朝鮮のエリートは老論の世の中を継承しただけだ。滅亡した朝鮮朝に忠誠だった「臣下」を民族主義者だったということはできない。』
『日本人は日帝が韓国に鉄道と学校を建設したことを誇りに思っている。ウォン・イルファン(H.B.アンダーウッド)教授は、日帝が韓国に及ぼした功労は鉄道や学校の建設ではなく両班階級の破壊だと話す。驚くべき洞察力だ。しかしおそらく日帝のもっと大きな功労は、たとえこれを感謝することはできないとしても、他民族による支配という苦痛と葛藤を通じて韓国人に民族意識を芽生えさせてくれたことではなかろうか。』
『日帝時の民族的抗日運動をした先覚者らは民族の師表として称賛を受けるに値する。しかし日帝時の親日をすぐに民族に対する離反と見なすことには、過去の無意識を現在の意識で判断するという時間的エラーがある。したがって親日派を断罪しなければならないという政治的退行性強迫観念は何にもならないだろう。失敗した、または失敗する政治家の運命的な煽動として、古いレコードのように反復回転をするだけである。
姜偉錫(月刊エマージ編集人)』
これは メッセージ 1 (gesogeso1032 さん)への返信です.
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