人権擁護法案、報道被害の救済反対!
投稿者: rykutukgi 投稿日時: 2002/03/09 12:03 投稿番号: [3215 / 28311]
報道被害への歯止めが期待される人権擁護法案。報道の自由という特権を脅かされないこの法案に朝日・読売両紙がそろって反対論調を掲げるのはごく自然なことです。大事なことは被害者の人権ではなく、報道する側の権利なのですから。しかし、その反対論調にも微妙な差がありました。
・読売(3月8日夕刊3版4面)
「解説 人権委、独立確保が課題 メディア規制の危険性も」
「人権擁護法案は、差別、虐待、などを受けた弱い立場にある被害者を対象に、実効性の伴う救済制度を整備するのが狙いだが、一方で大きな問題点を抱えている。」
「第二の問題点は『報道機関による人権侵害』を特別救済の対象とした結果、メディア規制につながる危険性が生まれたことだ。」
「報道機関の人権侵害対策としては、各新聞社が外部有識者による紙面審査体制を整えたり、日本新聞協会が『集団的加熱取材』の調整・裁定機関を設けるなど、すでに自主的取り組みが始まっている。民主党が独自にまとめた対案の大綱で、『(報道機関による人権侵害を)特別救済の手続きとしないが、自主的解決に向けた取り組みを努力義務とする』としているのも一考に値しよう。」
「新しい人権救済制度が、行政による言論への不当な干渉をもたらさないよう、国会では慎重な審議が求められる。」
いかにも読売らしい論調です。自社の主張として「危険性が生まれた」と断罪。業界の自主的努力でものごとを改善できると信じるあたりは、ナベツネのトップダウン組織の読売ならではの発想です。
・朝日(3月8日夕刊4版)
(1面左下)「人権擁護法案を閣議決定 被害救済や予防へ人権委員会を新設」
「メディアによるプライバシーの侵害や過剰な取材も、委員会が積極的に救済を図るべき人権侵害行為とされた。これに対しては、政府機関の介入を招き、表現の自由が脅かされるとの批判がでている。」
(2面)「人権擁護法案 メディア規制の懸念残る 救済機構の独立性も論点」
「メディア規制に通じかねない諸規定や新設される人権委員会のありかたをめぐって批判や疑問が寄せられている。」
「『過剰』かどうかの判断は人権委にゆだねられるなど、表現の自由や知る権利を脅かすとの批判は強い。」
「人権委が法務省の外局に置かれる点にも批判がある。」
「この新しい任務に見合う質をどうやって担保するかは不透明なままだ。」
朝日の同法案への批判は読売と異なり説得力があります。ロジックとしての説得力ではなく、主語を明示しない批判の言い回しをとることにより、それが世の中の声だかのような印象を読者に与えることができるからです。「批判がでている」や「疑問が寄せられている」の声の主は新聞協会であったりしますが、そこでもっとも声を荒げているのはほかならぬ朝日新聞です。自社の主張を第三者の声を借りたり、あるいは第三者的な言い回しにすり替えて、自社は中立のごとく振る舞い説得力を醸し出す。受験に強い「智的ブランド」ならではの奥の深い表現です。
もちろん、朝日は代替案を提示するような愚挙を行いません。そんなことをするとその代替案自身の実効性が問われてしまいます。読売の示した代替案など「本当におまえらは信用できるのか」ととわれれば、追いつめられてしまいます。「不透明なままだ」とけちだけ付けて書き逃げすれば、朝日自身の論調にけちを付けられなくてすんでいます。
内容は「不透明なまま」でしたが、やはり朝日の解説は読売に比べて奥の深いものでした。所沢の農家、首を切って自殺した同志社大大学教授。今後も報道被害の被害者は泣き寝入りをしてゆくことになるでしょう。新聞を疑わない読者はメディア規制に反対し、被害者を悪と決めつけて楽しんでください。
・読売(3月8日夕刊3版4面)
「解説 人権委、独立確保が課題 メディア規制の危険性も」
「人権擁護法案は、差別、虐待、などを受けた弱い立場にある被害者を対象に、実効性の伴う救済制度を整備するのが狙いだが、一方で大きな問題点を抱えている。」
「第二の問題点は『報道機関による人権侵害』を特別救済の対象とした結果、メディア規制につながる危険性が生まれたことだ。」
「報道機関の人権侵害対策としては、各新聞社が外部有識者による紙面審査体制を整えたり、日本新聞協会が『集団的加熱取材』の調整・裁定機関を設けるなど、すでに自主的取り組みが始まっている。民主党が独自にまとめた対案の大綱で、『(報道機関による人権侵害を)特別救済の手続きとしないが、自主的解決に向けた取り組みを努力義務とする』としているのも一考に値しよう。」
「新しい人権救済制度が、行政による言論への不当な干渉をもたらさないよう、国会では慎重な審議が求められる。」
いかにも読売らしい論調です。自社の主張として「危険性が生まれた」と断罪。業界の自主的努力でものごとを改善できると信じるあたりは、ナベツネのトップダウン組織の読売ならではの発想です。
・朝日(3月8日夕刊4版)
(1面左下)「人権擁護法案を閣議決定 被害救済や予防へ人権委員会を新設」
「メディアによるプライバシーの侵害や過剰な取材も、委員会が積極的に救済を図るべき人権侵害行為とされた。これに対しては、政府機関の介入を招き、表現の自由が脅かされるとの批判がでている。」
(2面)「人権擁護法案 メディア規制の懸念残る 救済機構の独立性も論点」
「メディア規制に通じかねない諸規定や新設される人権委員会のありかたをめぐって批判や疑問が寄せられている。」
「『過剰』かどうかの判断は人権委にゆだねられるなど、表現の自由や知る権利を脅かすとの批判は強い。」
「人権委が法務省の外局に置かれる点にも批判がある。」
「この新しい任務に見合う質をどうやって担保するかは不透明なままだ。」
朝日の同法案への批判は読売と異なり説得力があります。ロジックとしての説得力ではなく、主語を明示しない批判の言い回しをとることにより、それが世の中の声だかのような印象を読者に与えることができるからです。「批判がでている」や「疑問が寄せられている」の声の主は新聞協会であったりしますが、そこでもっとも声を荒げているのはほかならぬ朝日新聞です。自社の主張を第三者の声を借りたり、あるいは第三者的な言い回しにすり替えて、自社は中立のごとく振る舞い説得力を醸し出す。受験に強い「智的ブランド」ならではの奥の深い表現です。
もちろん、朝日は代替案を提示するような愚挙を行いません。そんなことをするとその代替案自身の実効性が問われてしまいます。読売の示した代替案など「本当におまえらは信用できるのか」ととわれれば、追いつめられてしまいます。「不透明なままだ」とけちだけ付けて書き逃げすれば、朝日自身の論調にけちを付けられなくてすんでいます。
内容は「不透明なまま」でしたが、やはり朝日の解説は読売に比べて奥の深いものでした。所沢の農家、首を切って自殺した同志社大大学教授。今後も報道被害の被害者は泣き寝入りをしてゆくことになるでしょう。新聞を疑わない読者はメディア規制に反対し、被害者を悪と決めつけて楽しんでください。
これは メッセージ 1 (gesogeso1032 さん)への返信です.