同志宮沢に冷たい「私たち」
投稿者: sagam_2001 投稿日時: 2007/06/29 07:11 投稿番号: [24846 / 28311]
▲今日は日和見、明日はぶちぬき毅然とした護憲社説だろうが、進入⇒進出誤報はどうする。
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彼は朝日新聞の愛読者で、その新聞論調に共鳴する「はと派」議員と聞くが、毎朝朝日の記事に先ず目を通して、自分の記事がどんな風に書かれているかをチェックしているという。はと派の朝日も宮沢総理・議員の記事には気を遣って、悪しざまに批判したりはしない、という馴れ合いが暗黙のうちに成り立っている。
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マスコミの攻勢と中国・韓国からの猛烈な抗議に孤立した鈴木善幸首相と宮沢喜一官房長官は、誤報であることを把握していながら、1982(昭和57)年8月26日「宮沢談話」を発表して、教科書の修正を国際公約し、教科用図書検定の基準の改正をおこなうのである。
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http://www.geocities.jp/s060630/pol7.htm宮沢元首相死去
戦後政治の「生き証人」だった(6月29日付・読売社説)
宮沢元首相死去
最後までハト派の象徴だった(6月29日付・毎日)
これは メッセージ 1 (gesogeso1032 さん)への返信です.
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