愛国心再考(樋口陽一氏)について
投稿者: uchuubanabreeze 投稿日時: 2007/02/25 22:24 投稿番号: [24094 / 28311]
今日の浅卑特集:歴史と向き合う
第6部
愛国心再考
―――
愛国心には二つの潮流
区別しない日本の議論
●
・・・についてざっと目を通してみたが、・・・
―――要するに、愛国心には大きく分けて「市民的な愛国心」と「民族的な愛国心」とに分ける事ができ・・・後者はキケンなものであり、前者もキケン性はあるものの・・・国内で多様な価値観を認め得るもので、相互批判が可能であり、許容できるもの。
・・・そして、この二つを区別せずに論じることは、民族的愛国心に引っ張られる傾向がある。
・・・ということらしい。
●
しかし・・・今安倍首相が言っているような「愛国心」は、それ程突っ込んだものでは無く・・・「日本人として普通の」という程度のもの(それが希薄になっているから)という要素が強いのではないのか?
・・・この愛国心に民族的要素が全く無いとは言えないのだろうが、それに余りに過敏に反応して――「熱物に懲りて鱠を吹く」と言った議論こそが逆効果ではないのだろうか?
●
むしろ・・・この「二つ」を区別せず・・・何が何でも「愛国心」という「言葉」自体がイケナイ、と言ってきたのが浅卑ではないのか?
●
そして・・・この樋口氏の意見に偏りを感じるのは・・・
氏の議論には「日本の歴史・伝統・文化」に対する言及が皆無なところだ!極普通に持つところの「愛国心」といった場合、これらの要素は大きいはずだ。
そしてこれらについては、氏の「二分論」では分かち難い要素でもあるはずだ。
そしてさらに・・・この議論では「土地に根ざした」要素(自然とか)さえも「民族的愛国心に繋がるキケンなもの」と捉えていると取れるところだ。
・・・これは多分に「普通の感覚も多く含んんでいると思えるにも関わらず」だ!
固定リンク:https://yarchive.emmanuelc.dix.asia/1835563/5bdbva4hfha1a4c0a4ia41a4ndabffcbf7j9a4r8a1beza47a4ha4a6a1aa_1/24094.html