丸谷才一のいう歴史の勉強とは?
投稿者: uchuubanabreeze 投稿日時: 2007/01/18 01:25 投稿番号: [23703 / 28311]
アカヒに「袖のボタン」として記事を書いている丸谷才一氏は
・・・そういえばかの「富田メモ」に関して、トンデモ発言を
していた人だった。
●
今日の「袖のボタン」:歴史の勉強
―――
について。
なぜ「フランコ政権が40年近くも倒れなかったか」を考察して
・・・それを(強引に)日本の自民党の長期政権と結び付けて
論じようとしている。
おかしいのは、初めからいきなり「さほど有能ではない
(自民党)」と言い切っているところから始めている点だ。
⇒
「それが何故、これだけ長持ちしたのか」と問い。
・・・それが「難問だが」と認めながら・・・・
>>
それは「直前の軍人支配と比較してかなり(いや遥かに)
ましだったから民衆に支持された」と言えそうだ。
―――
(難問と述べたにも関わらず)かなり安直に結論
づけている!
★
しかしこれは馬鹿げている!―――
現在、いったいどれ
だけの有権者が「軍人支配当時の状況」を体験していると
いうのか???
―――
トンデモ、というべきだろう!
*
しかも「他の政党が国民の支持を得られなかった」という
肝心の論が完全に抜け落ちている!
・・・・つまり、単に「自民党否定」のための議論!
●
しかしこの時点ではまだ「…と言えそうだ」という婉曲な
表現を使っているように見せかけておいて―――
その後は「この判断を事実として、自民党を強烈に断罪
揶揄」していく・・・
(要するにアカヒと同類の手口だ!)
・・・つまり、以下の如くだ!
>>
しかし不思議な話だが、自民党のかなりの部分がこのことに
気付いていない。自分たちの成功を分析する能力が欠けて
いるらしく、逆に、なにかというとかつての国のありようを
懐かしむ傾向がある。たとえば愚かしい侵略戦争だったものを
言い繕うと苦心するし、詫びるしかなくなると意味不明の言葉
づかいをする。戦争の犠牲者に哀悼の意を表する手段としては
靖国神社しか思いつかず、若者たちや娘たちの倫理と風俗を憂
える時、拠るべきテクストとして持ち出すのは教育勅語である
。言論の自由を否む野蛮な行為を咎めようとしないのも、心の
底ではあの種のことをよしとしているせいか。とにかく歴史の
勉強がまったくできていない。
★
⇒
このように、かなり偏狭な独断で議論を始め、さらに
歪曲・決め付け・・・を繰り返し、最後は「揶揄・罵倒」と
変らない!
―――
まったくアカヒの「縮図」のようだ!
まったく酷い論法だ―――
これじゃあまるで「被害妄想」と
同じ・・・・!
(こんなのが、まだ後にも続いていますが、あまりにもバカげ
ていて―――
まともに読む気にもなりません!)
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