元朝日記者の広岡プレスコードの証言
投稿者: uchuubanabreeze 投稿日時: 2006/12/21 23:52 投稿番号: [23480 / 28311]
>> 中国政府の意向に沿わない記事を書くべきでないことを
公言している。
⇒
しかしいくら何でも・・・ものには程度っちゅうもんがある。
・・・・それに「書き方」というものもある。
アカヒの書き方は―――「宗主様に服従」であり、
広岡元社長の言葉は―――単なる言い訳。
しかし、元々共産国に同調する思想がなければ、とてもこうは
ならない。
以下は元朝日記者による広岡プレスコードに関する証言。
http://messages.yahoo.co.jp/bbs?.mm=NW&board=552019556&tid=lw9qbfc0bcrbb2grldbj&sid=552019556&action=m&mid=250536朝日新聞の北京政府の広報機関のような体質は35年以上の歴史を持つ。
元朝日新聞記者の上田泰輔氏が「正論」平成16年5月号に発表した「周恩来におどらされて親中路線をひた走った幹部たち」という論考で、「朝日新聞」の中国報道を支配する「広岡プレスコード」に言及した。
70年安保に対する朝日の社論策定が昭和47年の「日中国交回復」をにらんだもので、当時の広岡知男社長が昭和45年「中国訪問を終えて」という署名論文を発表し、その論文が「朝日」の中国報道の原点になったことを論証している。
「中国の言い分を全部認めることが広岡流の日中国交回復の徐ということになる。つまり、広岡論文は、日中国交回復のプレスコードになってしまったのである」と上田氏は論拠を明確にした。
つまりその後連載された本多勝一氏の「中国の旅」もこの「広岡プレスコード」に沿ったものだったのだ。「中国の旅」は南京虐殺という東京裁判のためのプロパガンダを改めて蘇らせ、まるで南京虐殺が事実のような筆致で捏造したものだが、それ以上に中国全土で日本軍の残虐性を描き、日本軍=悪
戦前の日本=日本軍
という等式を導いていることも忘れてはならない。
・・・・・・・以上、靖国参拝とぴのドリーム氏による記述より
一部省略、夢さんに感謝。…・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
これは メッセージ 23457 (kyurokuhachi さん)への返信です.
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