閑話休題
投稿者: kyurokuhachi 投稿日時: 2005/11/13 23:41 投稿番号: [20499 / 28311]
蘇我入鹿の邸宅跡か
甘樫丘、書紀の記述裏付け
大化改新(645年)で滅ぼされた飛鳥時代の大豪族、蘇我蝦夷と入鹿親子の邸宅があったとされる奈良県明日香村の甘樫丘(あまかしのおか)の東南ふもとで、7世紀の建物跡や塀跡、焼けた土などが見つかり、奈良文化財研究所が13日発表した。谷を大規模に造成しており、日本書紀に「谷の宮門(はざまのみかど)」と記された入鹿邸の可能性が高いとみられる。
蘇我邸の有力候補地と考えられている同丘陵東側で、7世紀の建物跡が見つかったのは初。
日本書紀の記述を裏付ける画期的発見で、天皇家をしのぐ勢いを誇ったとされる蘇我氏や、日本が中央集権国家へ進む転機となった大化改新の実態を考える上で第1級の資料になる。
国営飛鳥歴史公園の整備に伴い725平方メートルを発掘、掘っ立て柱建物跡5棟と長さ12メートル以上の塀跡が見つかった。
いずれの建物跡も規模が小さく、柱穴の直径は約20−30センチ。庇(ひさし)を支えた柱の跡がないことから、正殿など中心的な建物ではなく、付属施設だったらしい。
*****************
日本書紀編纂当時に他の文書を焚書したのが藤原か?
隠し切れない文字以外の事象
これは メッセージ 1 (gesogeso1032 さん)への返信です.
固定リンク:https://yarchive.emmanuelc.dix.asia/1835563/5bdbva4hfha1a4c0a4ia41a4ndabffcbf7j9a4r8a1beza47a4ha4a6a1aa_1/20499.html