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「集団自決は軍の命令」はまったくの虚偽

投稿者: torityfomen 投稿日時: 2005/07/28 13:58 投稿番号: [19222 / 28311]
「軍命令による集団自決」というのは、
集団自決者の遺族が遺族年金を貰うための偽証、というのが真相です。

20年ほど前に遺族が偽証を告白し、軍関係者に謝罪し、それに続いて、
沖縄タイムス、琉球放送、沖縄県日教組等々が「軍命令」の誤りを認め謝罪しました。

戦争被害を蒙った沖縄の人々が生きていくために偽証したことは許されるとしても、
真相解明後の今日も、自決を軍や国の責任とする一部マスコミや反日勢力の虚偽は許されません。

それでは、客観的な事実関係をもとに真相をみてみましょう。




▽座間味島の場合

米軍が沖縄本島に上陸したのは昭和二十年四月一日のことであった。
問題の「集団自決」はその前に米軍が上陸した慶良間列島で起こった。

座間味島については、昭和60年代に入ってようやく、村の関係者が真相を公表して、
「軍命令」は「戦傷病者戦没者遺族等援護法」の適用を受けるための便法であったことが明らかにされ、
元第一戦隊長梅澤少佐の汚名は雪がれた。
座間味島の真相が明らかにされる経緯は、同島に駐屯した第一戦隊の梅澤裕元隊長の手記
によって知ることができる。
この手記に基づいて「集団自決」の実態とその後の経過を概観する。

1.自決の前夜
昭和20年3月25日夜(座間味島は、23日空襲、25日の艦砲射撃に続いて、
26日米軍の上陸があった)、村助役宮里盛秀以下5名が戦隊本部壕を訪れた。

用件はこうだった
①老幼婦女子は豫ての決心により軍の足手まといにならぬ様及び食糧保全を考え自決する。
②忠魂碑前に集合する。爆雷で一思いに爆殺して欲しい。駄目なら手榴弾、小銃弾を戴きたい。

隊長は愕然として、
①決して自決すべきでない。
②弾薬はやれぬ。
③陸上戦、持久戦となる。共に奮闘しよう。
と答えたが、5名は30分ほど懇願を続けて、隊長も「ほとほともて余した」という。

敵の艦砲射撃が再開し、5人は引き揚げた。
ところが、翌26日から3日ほどの間にこの5人のうち女子青年団長宮平初枝を除く4人を先頭に、
次々と村人は自決した。その数百七十二名であった。

2.戦後生まれの「軍命令」構想
座間味島は、民家の大半が破壊され、村民800人のうち358人(集団自決者を含む)が戦没した。
戦争が終わり、出征していた島の出身者が復員してこの惨状を見、驚愕し、激怒した。
怒りは駐屯していた部隊、特に梅澤元隊長に集中して向けられた。
このような状況下で復員者が中心になって村の復興、補償要求のための「軍命令」構想が
たてられていった。
折しも沖縄本土は反戦反日本政府の運動が盛んで、この「軍命令」説は火に油を注ぐ形となり、
マスコミもこれを利用して民心を煽り立てた。

3.戦後補償の申請
昭和28年3月より、戦後「集団自決を命じた責任者」とされ、自らも自決した元助役宮里盛秀
の実弟宮村幸延氏、戦没者・自決者等遺族の補償業務を担当。
昭和31年3月、集団自決者(乳幼児を含む)全員「戦傷病者戦没者遺族等援護法」の対象者
として認定される。

4.関係者による真相の告白・謝罪
昭和57年6月、座間味島軍民戦死没者慰霊地蔵尊の開眼式に招かれた梅澤元隊長に宮平初枝(生残り者)
から真相の告白と謝罪。
昭和60年3月以降、沖縄タイムス、琉球放送、沖縄県教職員組合等々、「軍命令」の誤りを認め謝罪。
昭和60年7月30日付神戸新聞(朝刊)、「絶望の島民悲劇の決断、日本軍命令はなかった」と大きく報道。

昭和62年3月、宮村幸延(前記)、
「昭和20年3月26日の集団自決は梅澤部隊長の命令ではなく当時兵事主任(兼)村役場助役の
宮里盛秀の命令で行なわれた。之は弟の宮村幸延が遺族補償のためやむを得ず隊長命として申請
したためのものであります」なる証言一札を梅澤元隊長に入れ謝罪。

5.恩讐を超えて
梅澤元隊長の手記の末尾に、「追記」として、この問題に対する梅澤元隊長の感想が述べられている。
概略次のとおりである。

①「軍命令」問題発生の背景
沖縄戦における島民の「献身的愛国的行動」「親切」に深く心打たれた。
「決戦なく終戦を迎えた内地防衛軍に対する怨嗟の声は当然であろう。」
②集団自決の歴史的背景
他に後れて日本国沖縄県となった歴史が、沖縄戦で集団自決が起こった背景にある。
自決は、「内地人の処遇の域に迄向上せん」と協力した島民の「赤心の現れ」と見る。
③最後に、村の指導者として自ら率先して自決した宮里助役、戦後補償に情熱を傾けたその
実弟に対する理解と敬意が記されている。
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