靖国に止まった尻切れトンボ
投稿者: sagam_2001 投稿日時: 2005/06/28 15:19 投稿番号: [18676 / 28311]
若宮啓文「風考計」 ■遺族会長の苦悩
「赤紙遺児」とA級戦犯と
2005年06月27日
http://www.asahi.com/column/wakamiya/TKY200506270133.html
>「突き詰めていくとやっぱり政治の貧困なんです。政治の貧困こそ、やはり国を誤らせてしまう。罪のない多くの国民を巻き添えにしてしまう」(赤紙遺児の古賀氏の言葉) ここに浮き上がるのは「アジア解放のための自衛戦争だった」という靖国神社などとは違う戦争観であり、当時の国家指導者への深い憤りだろう。古賀氏は内心、A級戦犯の合祀(ごうし)に納得がいかないのではなかろうか。
▲ひと(古賀氏)の言葉を引用しておきながら、「憤りだろう」「納得がいかないのではなかろうか」のバカ宮センセイ。自作の妄言の押し売り。
>…そういえば、かなり前になるが、A級戦犯のひとりが遺族会のトップだった時代がある。62年から15年間も会長の職にあった賀屋興宣(かや・おきのり)氏だ。日米開戦時に東条内閣の蔵相だったことからA級戦犯として終身刑を受けたが、10年間の服役後に仮釈放されて政界に復帰。その後は自民党政調会長や法相を務めた大物政治家だ。
>そうか、さては遺族会を「正義の戦争」論に導いたのは、賀屋氏だったのか。そう思って氏の回顧録や新聞記事などを調べてみると、大きな見当違いだった。日中戦争を「意味の分からぬ戦争」といい、米国との戦争に至っては、何と無謀なことをと、しきりに断罪しているではないか。大蔵省の出身の賀屋蔵相は、日米の開戦に抵抗した。結局、東条英機首相らの軍部に押し切られたのだが、しかし「いくら反対したからといっても、戦争責任者として切腹ものだ」などと自分を繰り返し責めている。
▲A級戦犯の賀屋氏について『大きな見当違いだった』と敬意を表するバカ宮センセイがA級戦犯合祀はいけないと叫んでいる?不思議。
>東京裁判はやはり問題だらけだとしているが、違うのはその先だ。外国による裁きでなく「日本人は自主的に戦争責任を判断する必要がある。あれだけの日本の歴史に対する汚辱と、国民の惨害に対して、重大な責任者がないはずがない。私はその一人である」。日本人の手で戦争責任者を問えなかったことは「日本国民として遺憾千万」とも書いているのだ。
▲東京裁判は問題だらけであり、また国民による戦争責任(含朝日新聞)を問うことも必要…の複眼でいいんじゃないのバカ宮センセイ。
>遺族会の会長を引き受けたのは償いだったといい、遺族年金の増額などに腕を振るった。靖国神社の国家護持運動を進めるような時代錯誤の面もあったが、叙勲を辞退し続けるなど自責の念を持ち続け、77年に亡くなった。東条氏らが靖国に祀(まつ)られたのは、その翌年だ。賀屋氏がこれを知ったら、果たして何と言っただろう。
▲立派だった死者(賀屋氏)にも口なし。勝手に夢想を語らせたいバカ宮センセイ。
>「赤紙」の遺児と戦争責任者。立場を超えて古賀氏と賀屋氏の気持ちには通じるものがうかがえる。あれは自衛の戦争だったとおっしゃる方には、賀屋氏の『戦前・戦後八十年』(経済往来社=絶版)をお勧めしたい。『語りつぐ昭和史2』(朝日文庫)でも賀屋氏の戦争観はよく分かる。
▲『古賀氏と賀屋氏の気持ち』が分かったつもりのバカ宮センセイ。論説主幹でしょ!だからどうしろと?
2005年06月27日
http://www.asahi.com/column/wakamiya/TKY200506270133.html
>「突き詰めていくとやっぱり政治の貧困なんです。政治の貧困こそ、やはり国を誤らせてしまう。罪のない多くの国民を巻き添えにしてしまう」(赤紙遺児の古賀氏の言葉) ここに浮き上がるのは「アジア解放のための自衛戦争だった」という靖国神社などとは違う戦争観であり、当時の国家指導者への深い憤りだろう。古賀氏は内心、A級戦犯の合祀(ごうし)に納得がいかないのではなかろうか。
▲ひと(古賀氏)の言葉を引用しておきながら、「憤りだろう」「納得がいかないのではなかろうか」のバカ宮センセイ。自作の妄言の押し売り。
>…そういえば、かなり前になるが、A級戦犯のひとりが遺族会のトップだった時代がある。62年から15年間も会長の職にあった賀屋興宣(かや・おきのり)氏だ。日米開戦時に東条内閣の蔵相だったことからA級戦犯として終身刑を受けたが、10年間の服役後に仮釈放されて政界に復帰。その後は自民党政調会長や法相を務めた大物政治家だ。
>そうか、さては遺族会を「正義の戦争」論に導いたのは、賀屋氏だったのか。そう思って氏の回顧録や新聞記事などを調べてみると、大きな見当違いだった。日中戦争を「意味の分からぬ戦争」といい、米国との戦争に至っては、何と無謀なことをと、しきりに断罪しているではないか。大蔵省の出身の賀屋蔵相は、日米の開戦に抵抗した。結局、東条英機首相らの軍部に押し切られたのだが、しかし「いくら反対したからといっても、戦争責任者として切腹ものだ」などと自分を繰り返し責めている。
▲A級戦犯の賀屋氏について『大きな見当違いだった』と敬意を表するバカ宮センセイがA級戦犯合祀はいけないと叫んでいる?不思議。
>東京裁判はやはり問題だらけだとしているが、違うのはその先だ。外国による裁きでなく「日本人は自主的に戦争責任を判断する必要がある。あれだけの日本の歴史に対する汚辱と、国民の惨害に対して、重大な責任者がないはずがない。私はその一人である」。日本人の手で戦争責任者を問えなかったことは「日本国民として遺憾千万」とも書いているのだ。
▲東京裁判は問題だらけであり、また国民による戦争責任(含朝日新聞)を問うことも必要…の複眼でいいんじゃないのバカ宮センセイ。
>遺族会の会長を引き受けたのは償いだったといい、遺族年金の増額などに腕を振るった。靖国神社の国家護持運動を進めるような時代錯誤の面もあったが、叙勲を辞退し続けるなど自責の念を持ち続け、77年に亡くなった。東条氏らが靖国に祀(まつ)られたのは、その翌年だ。賀屋氏がこれを知ったら、果たして何と言っただろう。
▲立派だった死者(賀屋氏)にも口なし。勝手に夢想を語らせたいバカ宮センセイ。
>「赤紙」の遺児と戦争責任者。立場を超えて古賀氏と賀屋氏の気持ちには通じるものがうかがえる。あれは自衛の戦争だったとおっしゃる方には、賀屋氏の『戦前・戦後八十年』(経済往来社=絶版)をお勧めしたい。『語りつぐ昭和史2』(朝日文庫)でも賀屋氏の戦争観はよく分かる。
▲『古賀氏と賀屋氏の気持ち』が分かったつもりのバカ宮センセイ。論説主幹でしょ!だからどうしろと?
これは メッセージ 1 (gesogeso1032 さん)への返信です.