従軍慰安婦 問われる朝日の説明責任
投稿者: sagam_2001 投稿日時: 2005/06/12 07:54 投稿番号: [18349 / 28311]
従軍慰安婦という言葉なかった、歴史教科書で中山文科相
2005年06月12日01時24分
http://www.asahi.com/politics/update/0612/002.html?t5
中山文部科学相は11日、静岡市で開かれたタウンミーティングで、歴史教科書に関連して、「そもそも従軍慰安婦という言葉は、その当時なかった。なかった言葉が教科書に出ていた。間違ったことが教科書からなくなったことはよかったと評価した」と述べた。従軍慰安婦や強制連行の記述が「減って良かった」とした昨年11月の自らの発言の真意を説明する中で言及した。
中山氏は昨年の発言後、「文科相になった以上、個人的な考え方についての発言は控えるべきだった」と述べており、タウンミーティング後の記者会見では「質問されたから答えた」と説明した。
―――――
▲来週の日韓首脳会談控えてバランサー(笑、ノムヒョンの露払いに必死の朝日。
▲従軍慰安婦(平成3年8月11日付朝日新聞)以来の大ヒット商品。この言葉がなかったらNHK工作劇ねつ造報道問題にまで波及で必死に問題発言化。
▲しかし、だからといって(笑、個人的な意見だから問題?と得意のすり替え。”従軍慰安婦という言葉”の経緯の説明責任ど忘れ。
▲産経社説”この地域の緊急課題は竹島や靖国参拝、歴史教科書問題などではない。日米韓の結束にヒビを入れる反日は北朝鮮を有利にするだけだ。”;北核より従軍慰安婦の朝日。
http://www.sankei.co.jp/news/050612/morning/editoria.htm
―――――
作られた「従軍慰安婦」
http://blog.livedoor.jp/lancer1/archives/12779933.html
慰安婦問題の経緯
1) 昭和58年、吉田清治が著書「私の戦争犯罪・朝鮮人連行強制記録」の中で、
昭和18年に軍の命令で「挺身隊」として、韓国斉州島で女性を「強制連行」して慰安婦にしたという「体験」を発表。朝日新聞はこれを平成3年から翌年にかけ4回にわたり報道。
2) 同3年8月11日、朝日新聞は「女子挺身隊」の名で戦場に連行され、売春行為を強いられた「朝鮮人従軍慰安婦」の一人が名乗り出たと報道。
3) 同4年1月11日、朝日新聞は一面トップで「慰安所、軍関与示す資料」、「部隊に設置指示 募集含め統制・監督」と報道。この直後の16日から訪韓した宮沢首相は首脳会談で8回も謝罪を繰り返し、「真相究明」を約束。
4) 同5年8月4日、河野官房長官談話、政府調査の結果、「甘言、弾圧による等、本人たちの意思に反して集められた事例が数多くあり、更に、官憲等が直接に荷担したこともあった」と発表。
この河野談話によって日本政府は慰安婦が軍によって強制徴集されたことを公式に認めてしまったことになる。
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以上が、「従軍慰安婦」という言葉が作られた経緯です。実際、昭和58年までは「従軍慰安婦」という言葉も存在せず、そのような問題も全くありませんでした。今のように「被害者だ」と主張する韓国人も皆無でした。
2005年06月12日01時24分
http://www.asahi.com/politics/update/0612/002.html?t5
中山文部科学相は11日、静岡市で開かれたタウンミーティングで、歴史教科書に関連して、「そもそも従軍慰安婦という言葉は、その当時なかった。なかった言葉が教科書に出ていた。間違ったことが教科書からなくなったことはよかったと評価した」と述べた。従軍慰安婦や強制連行の記述が「減って良かった」とした昨年11月の自らの発言の真意を説明する中で言及した。
中山氏は昨年の発言後、「文科相になった以上、個人的な考え方についての発言は控えるべきだった」と述べており、タウンミーティング後の記者会見では「質問されたから答えた」と説明した。
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▲来週の日韓首脳会談控えてバランサー(笑、ノムヒョンの露払いに必死の朝日。
▲従軍慰安婦(平成3年8月11日付朝日新聞)以来の大ヒット商品。この言葉がなかったらNHK工作劇ねつ造報道問題にまで波及で必死に問題発言化。
▲しかし、だからといって(笑、個人的な意見だから問題?と得意のすり替え。”従軍慰安婦という言葉”の経緯の説明責任ど忘れ。
▲産経社説”この地域の緊急課題は竹島や靖国参拝、歴史教科書問題などではない。日米韓の結束にヒビを入れる反日は北朝鮮を有利にするだけだ。”;北核より従軍慰安婦の朝日。
http://www.sankei.co.jp/news/050612/morning/editoria.htm
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作られた「従軍慰安婦」
http://blog.livedoor.jp/lancer1/archives/12779933.html
慰安婦問題の経緯
1) 昭和58年、吉田清治が著書「私の戦争犯罪・朝鮮人連行強制記録」の中で、
昭和18年に軍の命令で「挺身隊」として、韓国斉州島で女性を「強制連行」して慰安婦にしたという「体験」を発表。朝日新聞はこれを平成3年から翌年にかけ4回にわたり報道。
2) 同3年8月11日、朝日新聞は「女子挺身隊」の名で戦場に連行され、売春行為を強いられた「朝鮮人従軍慰安婦」の一人が名乗り出たと報道。
3) 同4年1月11日、朝日新聞は一面トップで「慰安所、軍関与示す資料」、「部隊に設置指示 募集含め統制・監督」と報道。この直後の16日から訪韓した宮沢首相は首脳会談で8回も謝罪を繰り返し、「真相究明」を約束。
4) 同5年8月4日、河野官房長官談話、政府調査の結果、「甘言、弾圧による等、本人たちの意思に反して集められた事例が数多くあり、更に、官憲等が直接に荷担したこともあった」と発表。
この河野談話によって日本政府は慰安婦が軍によって強制徴集されたことを公式に認めてしまったことになる。
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以上が、「従軍慰安婦」という言葉が作られた経緯です。実際、昭和58年までは「従軍慰安婦」という言葉も存在せず、そのような問題も全くありませんでした。今のように「被害者だ」と主張する韓国人も皆無でした。
これは メッセージ 1 (gesogeso1032 さん)への返信です.