一方的な思いを塗りたくっただけの手紙
投稿者: sagam_2001 投稿日時: 2005/04/26 18:34 投稿番号: [17581 / 28311]
船橋洋一の世界ブリーフィング[ SPECIAL 016 ]
中国の友人への手紙
「愛国無罪」のスローガンに、文革時代の「革命無罪」を思い出しました
http://www3.asahi.com/opendoors/zasshi/syukan/briefing/special/016.html
<引用センセイの長文の”愛国無罪はいけません”部分は引用せず>
>今回のデモをテレビで見ていて、薄気味悪かったのは、若者の多くがニヤニヤにやけていたことです。これはネチズンだなと思いました。ネットおたくです。当局と化かし合いをしながら、いちゃつくゲーム感覚は、ネット空間で身につけたものではないのか。愛国を訴える「紅客」と呼ばれるネット組織集団があるそうですね。レッドハッカーたちです。2001年8月、小泉首相が靖国神社に参拝した際、それに抗議し、日本の気象庁などの公式サイトに侵入したのも彼らだったと言います。ハイテク企業が集結している広州、深、北京・中関村に多いと言います。
▲ネットおたくもいただろうが、中国の誇る検閲網のでやらせも停止も当局の恣意次第。メール可能なケータイ普及をど忘れ。ことの本質はメディアの発達より「歴史を偏向教科書だけで学んだ」純化世代の台頭が問題。韓国でも実際に日本の官憲にオイコラされた世代(あまり残っていないが)は意外に冷静。
>彼らは無視できない力を蓄えつつあるようです。北京の友人の話では、今回のデモの組織代表たちは、デモが終わった後、中国共産党指導部に招かれ、意見交換したと言います。「デモをするのなら、もっと秩序だったデモをしてほしい」との注文もつけられたのでしょうが、「紅客」が権力側とこのような機会を持つだけのパワーを持ち始めたということかもしれません。「最近の中国は愛国主義一辺倒で国際主義を置き去りにしてしまった。この両者のバランスを回復しなければならない」と貴兄は昨年夏、おっしゃっていました。そのアンバランスがおぞましくも露呈した事件だったと思います。これを契機に、中国の指導者がその危険を認識し、反日カードを統治の便法に使う惰性から脱却してほしいと思います。
▲ことの本質は偏向の純化作用だから反日教育を止めない限り一時的な利益誘導はできても思想のバランスなど取り様がない。さていつもの、両論併記風の日本成敗の終盤編。
>同時に、日本の政治指導者も、「対中毅然」ごっこから卒業しなければなりません。国連安保理常任理事国入りを中国、韓国に邪魔された、中韓ともけしからんといった感情論を振りかざしていて、国益を確保できるでしょうか。そもそも常任理事国入りについて、日本は中韓両国と真摯な話し合いをしたことが一度としてあったでしょうか。
▲「対中毅然」ごっご???
中国政府 なぜ暴力を止めないのか(4月11日社説)
中国の報道 事実を伝えてほしい(4月13日)
暴力デモ 上海まで、の衝撃 (4月17日)
日中会談 「愛国無罪」の危うさ (4月18日)
特に18日社説”…謝罪と受け取れる発言はなかった。責任問題は決着していない”はなるほど、心にもない「対中毅然」ごっごであったのか。宗主さまと舎弟には事前の根回しおよび許認可が必要論。
>21世紀に入ってから、日本は「自分探し」(identity)に夢中になってしまいました。首相の靖国神社参拝にしても「それは日本が決めること。他国がとやかく言うことではない」の一国主義的発想と修辞で押し切ってきました。それが、近隣諸国の人々の気持ちにどのような影響を与えるか、それに配慮する心のゆとりと歴史感覚と自信を失ってしまいました。
▲なにも政治問題化していなかった1985年までの靖国参拝。「他人探し」に夢中になった自分をど忘れ。で、その結びのお言葉…
>なんだか、私の一方的な思いを塗りたくっただけの手紙になってしまいました。お許しください。
▲決して許せるものではないが、不思議にぴったりの〆。
中国の友人への手紙
「愛国無罪」のスローガンに、文革時代の「革命無罪」を思い出しました
http://www3.asahi.com/opendoors/zasshi/syukan/briefing/special/016.html
<引用センセイの長文の”愛国無罪はいけません”部分は引用せず>
>今回のデモをテレビで見ていて、薄気味悪かったのは、若者の多くがニヤニヤにやけていたことです。これはネチズンだなと思いました。ネットおたくです。当局と化かし合いをしながら、いちゃつくゲーム感覚は、ネット空間で身につけたものではないのか。愛国を訴える「紅客」と呼ばれるネット組織集団があるそうですね。レッドハッカーたちです。2001年8月、小泉首相が靖国神社に参拝した際、それに抗議し、日本の気象庁などの公式サイトに侵入したのも彼らだったと言います。ハイテク企業が集結している広州、深、北京・中関村に多いと言います。
▲ネットおたくもいただろうが、中国の誇る検閲網のでやらせも停止も当局の恣意次第。メール可能なケータイ普及をど忘れ。ことの本質はメディアの発達より「歴史を偏向教科書だけで学んだ」純化世代の台頭が問題。韓国でも実際に日本の官憲にオイコラされた世代(あまり残っていないが)は意外に冷静。
>彼らは無視できない力を蓄えつつあるようです。北京の友人の話では、今回のデモの組織代表たちは、デモが終わった後、中国共産党指導部に招かれ、意見交換したと言います。「デモをするのなら、もっと秩序だったデモをしてほしい」との注文もつけられたのでしょうが、「紅客」が権力側とこのような機会を持つだけのパワーを持ち始めたということかもしれません。「最近の中国は愛国主義一辺倒で国際主義を置き去りにしてしまった。この両者のバランスを回復しなければならない」と貴兄は昨年夏、おっしゃっていました。そのアンバランスがおぞましくも露呈した事件だったと思います。これを契機に、中国の指導者がその危険を認識し、反日カードを統治の便法に使う惰性から脱却してほしいと思います。
▲ことの本質は偏向の純化作用だから反日教育を止めない限り一時的な利益誘導はできても思想のバランスなど取り様がない。さていつもの、両論併記風の日本成敗の終盤編。
>同時に、日本の政治指導者も、「対中毅然」ごっこから卒業しなければなりません。国連安保理常任理事国入りを中国、韓国に邪魔された、中韓ともけしからんといった感情論を振りかざしていて、国益を確保できるでしょうか。そもそも常任理事国入りについて、日本は中韓両国と真摯な話し合いをしたことが一度としてあったでしょうか。
▲「対中毅然」ごっご???
中国政府 なぜ暴力を止めないのか(4月11日社説)
中国の報道 事実を伝えてほしい(4月13日)
暴力デモ 上海まで、の衝撃 (4月17日)
日中会談 「愛国無罪」の危うさ (4月18日)
特に18日社説”…謝罪と受け取れる発言はなかった。責任問題は決着していない”はなるほど、心にもない「対中毅然」ごっごであったのか。宗主さまと舎弟には事前の根回しおよび許認可が必要論。
>21世紀に入ってから、日本は「自分探し」(identity)に夢中になってしまいました。首相の靖国神社参拝にしても「それは日本が決めること。他国がとやかく言うことではない」の一国主義的発想と修辞で押し切ってきました。それが、近隣諸国の人々の気持ちにどのような影響を与えるか、それに配慮する心のゆとりと歴史感覚と自信を失ってしまいました。
▲なにも政治問題化していなかった1985年までの靖国参拝。「他人探し」に夢中になった自分をど忘れ。で、その結びのお言葉…
>なんだか、私の一方的な思いを塗りたくっただけの手紙になってしまいました。お許しください。
▲決して許せるものではないが、不思議にぴったりの〆。
これは メッセージ 1 (gesogeso1032 さん)への返信です.