教の斜説 02月17日 刻苦勉励
投稿者: popopoakapoppo 投稿日時: 2005/02/17 21:58 投稿番号: [16469 / 28311]
02月17日付
http://www.asahi.com/paper/editorial.html
■中教審――文科省こそ「解体」を
いまだに、「ゆとり」ですか?
http://www.asahi.com/international/jinmin/TKY200502170214.html
日本人はバカになれといってるようなものです。
2003年OECD生徒の学習到達度調査 (PISA)
http://www.gks.co.jp/y_2001/gov/data/04120901.html
おそらく、実質は、韓国、香港、シンガポールに、とっくに追い越されてしまっているようです。
アカ日真理教凶惨主義の浸透で、「平等、競争しない、個性重視」が良いこととして、左巻教育政策がいきわたった結果のあらわれです。
しかもだれの「ゆとり」だかワカンナイ、学校休日完全週2日制の実施もです。
おかげで、平日5日の時間加重による、教員、生徒ともに、忙しいことと疲労は、以前に比べてかなりの負担になっています。
教育は、毎日負担のないように途切れなく持続してが、原則のような気がします。
せめて、土曜日休日を隔週に戻すか、むしろ、教員をフレックスにしてでも、子供たちは、学校休日完全週2日制はやめたほうがいいような気がします。
で、斜説。要諦を抜いて書き直します。
『平等な基礎学力、知識軽視と個性重視、それが「ゆとり教育」の理念だ。変化の激しい時代を生き抜くには、そうした学力が必要だ、という考え方が間違っていたのだ。問題は、その目標がどのような勢力によって設定されたかである。
理念が間違っていれば、その実践は最初から失敗だったといわざるをえない。左巻きの文科省も中教審も、その事実を認めることから始めなければならない。もちろんアカ日凶惨教の浸透の事実もだ。
見直すべきは、左意右達で学校を振り回してきた左巻教育行政の仕組みそのものである。いっそのこと、左巻文科省は廃止もしくは解体して、教師が教え方や内容を工夫し、次代を担う者へ「学習」という「刻苦勉励」の教育の場にすること。そうした「教育の裁量」を、今こそ学校に与えねばならない。』
起承転結が成り立ちません。
ここでやめておけばよかったのに、なんでここに、「義務教育の国庫負担」をもってくるのでしょうか?
『二つは別々の問題である。子どもが育つ学校や地域に教育をゆだねるかどうか。問われているのはそのことである。』
字数あわせの、つけたしにしか見えません。
俗に言う、まさに「蛇足」の見本のような作文です。
アカ日、中教審は責めるようですが、文部科学省官僚への攻撃はゆるいようですね。
シンパが多いのでしょうか?
「中部空港」斜説は玉虫斜説で捨説。
世界のトヨタ空港らしいので、特大VIPクライアントですから、ヨイショヨイショ。
いっそのこと、今日は、空港捨説をカシラにもってくればよかったのにと思いやってしまいます。
主義主張の入るネタは、とたんに凶惨偏向関数がかかってしまいます。
誠に勝手ではございますが、こちらもあまり暇ではないので、できれば突っ込まなくてもいい、作文をよろしくお願いいたします。
■中教審――文科省こそ「解体」を
いまだに、「ゆとり」ですか?
http://www.asahi.com/international/jinmin/TKY200502170214.html
日本人はバカになれといってるようなものです。
2003年OECD生徒の学習到達度調査 (PISA)
http://www.gks.co.jp/y_2001/gov/data/04120901.html
おそらく、実質は、韓国、香港、シンガポールに、とっくに追い越されてしまっているようです。
アカ日真理教凶惨主義の浸透で、「平等、競争しない、個性重視」が良いこととして、左巻教育政策がいきわたった結果のあらわれです。
しかもだれの「ゆとり」だかワカンナイ、学校休日完全週2日制の実施もです。
おかげで、平日5日の時間加重による、教員、生徒ともに、忙しいことと疲労は、以前に比べてかなりの負担になっています。
教育は、毎日負担のないように途切れなく持続してが、原則のような気がします。
せめて、土曜日休日を隔週に戻すか、むしろ、教員をフレックスにしてでも、子供たちは、学校休日完全週2日制はやめたほうがいいような気がします。
で、斜説。要諦を抜いて書き直します。
『平等な基礎学力、知識軽視と個性重視、それが「ゆとり教育」の理念だ。変化の激しい時代を生き抜くには、そうした学力が必要だ、という考え方が間違っていたのだ。問題は、その目標がどのような勢力によって設定されたかである。
理念が間違っていれば、その実践は最初から失敗だったといわざるをえない。左巻きの文科省も中教審も、その事実を認めることから始めなければならない。もちろんアカ日凶惨教の浸透の事実もだ。
見直すべきは、左意右達で学校を振り回してきた左巻教育行政の仕組みそのものである。いっそのこと、左巻文科省は廃止もしくは解体して、教師が教え方や内容を工夫し、次代を担う者へ「学習」という「刻苦勉励」の教育の場にすること。そうした「教育の裁量」を、今こそ学校に与えねばならない。』
起承転結が成り立ちません。
ここでやめておけばよかったのに、なんでここに、「義務教育の国庫負担」をもってくるのでしょうか?
『二つは別々の問題である。子どもが育つ学校や地域に教育をゆだねるかどうか。問われているのはそのことである。』
字数あわせの、つけたしにしか見えません。
俗に言う、まさに「蛇足」の見本のような作文です。
アカ日、中教審は責めるようですが、文部科学省官僚への攻撃はゆるいようですね。
シンパが多いのでしょうか?
「中部空港」斜説は玉虫斜説で捨説。
世界のトヨタ空港らしいので、特大VIPクライアントですから、ヨイショヨイショ。
いっそのこと、今日は、空港捨説をカシラにもってくればよかったのにと思いやってしまいます。
主義主張の入るネタは、とたんに凶惨偏向関数がかかってしまいます。
誠に勝手ではございますが、こちらもあまり暇ではないので、できれば突っ込まなくてもいい、作文をよろしくお願いいたします。
これは メッセージ 1 (gesogeso1032 さん)への返信です.