もろ出し中国というフィルター
投稿者: sagam_2001 投稿日時: 2004/08/15 08:02 投稿番号: [13876 / 28311]
59回目の8・15――遠い日の戦争、遠い国の戦争
http://www.asahi.com/paper/editorial20040815.html
>世論調査によれば、自衛隊が外国で戦争できるようになることに国民の圧倒的多数は反対だ。それでも、米国との同盟の下か、国連の傘の下かといった違いはあれ、自民、民主両党が自衛隊による軍事的活動の拡大を唱える時代だ。核の拡散やテロの脅威を前に、日本は冷戦時代のように安閑とはしていられない。確かにそうした面はあろう。
▲戦闘の犠牲「血まみれの女性と子供」を引き合いにだしながら、自分は認めない自衛隊活動の拡大を自民・民主に言わせる卑劣な手口。
>しかし、今の空気を心配する声は自民党のなかにもある。「皆が一つの方向へ走るその先が深い崖(がけ)になっていないかどうか。立ち止まり、それを見きわめようとする人がいなくて大丈夫か」と語るのは、幹事長代理の久間章生氏だ。幼い日に防空壕(ごう)に逃げ込んだ記憶を持つ63歳。戦争の手触りを知る元防衛庁長官ゆえの戸惑いなのだろう。
▲幼い日に防空壕に逃げ込んだ記憶を持つからこそ核・ミサイル(それにテロも)時代に防空壕が無意味なことが実感できるのだが。
>近年の変化は、日本が戦争や軍隊に対するアレルギーを本気で捨てたことを意味するのか。それとも、ただ鈍感になっただけなのか。そう問われて、戸惑う人は少なくあるまい。戦争とは何か。その悲惨を想像する力を欠いたままでは、答えが出せないからだ。
▲原爆・東京大空襲の記憶がそのまま戦争や軍隊アレルギー直行となり、社是となる不思議。
>朝鮮戦争もベトナム戦争も東西冷戦も、米国の戦争だった。アフガン戦争への支援も、イラクへの自衛隊派遣も、何より米国への協力の証しである。そんな視点に慣れてきた私たちメディアの責任もあるだろう。たとえば米国が介入していないスーダン内戦などは、死者が何万人と言われながら、なかなか視野には入らない。遠ざかるみずからの記憶。そして米国というフィルター。その結果、この戦争、あの戦争のそれぞれの意味やその悲惨さをみずからの頭で考えることの大事さを忘れてこなかったか。
▲朝日は中国というフィルター専科。朝鮮戦争・ベトナム戦争は中国の戦いだった。おまけにその後中国はベトナムと戦っている。
>5年前のコソボ紛争時、空爆下のベオグラード郊外の難民施設でセルビア人の中年夫婦に会った。長いユーゴ内戦で幾度も家を捨て、そこにたどりついた。妻は涙をこらえて語った。「もう以前の生活には戻れない。せめて子供たちにはすてきな暮らしをさせてやりたい」 私たちにとって遠い日となった戦争の悲惨は、遠い国で今も続く。
▲朝日が理のあると褒めたたえた独仏が参加した戦争だろうに。
>無残に踏みにじられた人生の一つ一つを想像する感性を身につけること。それは、日本がどんな形であれ国際社会で役割を果たそうとするなら、最低限の責務ではなかろうか。長く戦争にかかわらなかった幸運とともに、戦争から目をそらしてしまうことの危うさを、きょう考えてみたい。
▲戦争から目をそらさないことと戦争・軍隊アレルギーをごちゃまぜにした中国にとって都合のよい論旨。そもそも中国首脳に戦争・軍隊アレルギー症など無縁。
▲戦争で犠牲になった日本人↓のことはどこにも出てこない不思議。
>>「この裁判は史上最悪の偽善だった。こんな裁判が行われたので、息子には軍人になることを禁止するだろう」連合国軍総司令部(GHQ)のウィロビー将軍が、判決の後、帰国のあいさつに訪れたオランダ代表のレーリンク判事に、こう語ったことが知られている。「文明の裁き」と称された東京裁判の性格を象徴するエピソードである。読売社説[8月15日]「『BC級戦犯』をも忘れまい」<<
http://www.yomiuri.co.jp/editorial/news/20040814ig90.htm
http://www.asahi.com/paper/editorial20040815.html
>世論調査によれば、自衛隊が外国で戦争できるようになることに国民の圧倒的多数は反対だ。それでも、米国との同盟の下か、国連の傘の下かといった違いはあれ、自民、民主両党が自衛隊による軍事的活動の拡大を唱える時代だ。核の拡散やテロの脅威を前に、日本は冷戦時代のように安閑とはしていられない。確かにそうした面はあろう。
▲戦闘の犠牲「血まみれの女性と子供」を引き合いにだしながら、自分は認めない自衛隊活動の拡大を自民・民主に言わせる卑劣な手口。
>しかし、今の空気を心配する声は自民党のなかにもある。「皆が一つの方向へ走るその先が深い崖(がけ)になっていないかどうか。立ち止まり、それを見きわめようとする人がいなくて大丈夫か」と語るのは、幹事長代理の久間章生氏だ。幼い日に防空壕(ごう)に逃げ込んだ記憶を持つ63歳。戦争の手触りを知る元防衛庁長官ゆえの戸惑いなのだろう。
▲幼い日に防空壕に逃げ込んだ記憶を持つからこそ核・ミサイル(それにテロも)時代に防空壕が無意味なことが実感できるのだが。
>近年の変化は、日本が戦争や軍隊に対するアレルギーを本気で捨てたことを意味するのか。それとも、ただ鈍感になっただけなのか。そう問われて、戸惑う人は少なくあるまい。戦争とは何か。その悲惨を想像する力を欠いたままでは、答えが出せないからだ。
▲原爆・東京大空襲の記憶がそのまま戦争や軍隊アレルギー直行となり、社是となる不思議。
>朝鮮戦争もベトナム戦争も東西冷戦も、米国の戦争だった。アフガン戦争への支援も、イラクへの自衛隊派遣も、何より米国への協力の証しである。そんな視点に慣れてきた私たちメディアの責任もあるだろう。たとえば米国が介入していないスーダン内戦などは、死者が何万人と言われながら、なかなか視野には入らない。遠ざかるみずからの記憶。そして米国というフィルター。その結果、この戦争、あの戦争のそれぞれの意味やその悲惨さをみずからの頭で考えることの大事さを忘れてこなかったか。
▲朝日は中国というフィルター専科。朝鮮戦争・ベトナム戦争は中国の戦いだった。おまけにその後中国はベトナムと戦っている。
>5年前のコソボ紛争時、空爆下のベオグラード郊外の難民施設でセルビア人の中年夫婦に会った。長いユーゴ内戦で幾度も家を捨て、そこにたどりついた。妻は涙をこらえて語った。「もう以前の生活には戻れない。せめて子供たちにはすてきな暮らしをさせてやりたい」 私たちにとって遠い日となった戦争の悲惨は、遠い国で今も続く。
▲朝日が理のあると褒めたたえた独仏が参加した戦争だろうに。
>無残に踏みにじられた人生の一つ一つを想像する感性を身につけること。それは、日本がどんな形であれ国際社会で役割を果たそうとするなら、最低限の責務ではなかろうか。長く戦争にかかわらなかった幸運とともに、戦争から目をそらしてしまうことの危うさを、きょう考えてみたい。
▲戦争から目をそらさないことと戦争・軍隊アレルギーをごちゃまぜにした中国にとって都合のよい論旨。そもそも中国首脳に戦争・軍隊アレルギー症など無縁。
▲戦争で犠牲になった日本人↓のことはどこにも出てこない不思議。
>>「この裁判は史上最悪の偽善だった。こんな裁判が行われたので、息子には軍人になることを禁止するだろう」連合国軍総司令部(GHQ)のウィロビー将軍が、判決の後、帰国のあいさつに訪れたオランダ代表のレーリンク判事に、こう語ったことが知られている。「文明の裁き」と称された東京裁判の性格を象徴するエピソードである。読売社説[8月15日]「『BC級戦犯』をも忘れまい」<<
http://www.yomiuri.co.jp/editorial/news/20040814ig90.htm
これは メッセージ 1 (gesogeso1032 さん)への返信です.